碗が手から零れ落ち、甲高い悲鳴を上げながら割れた。






 続いて、ぐらりと彼女の身体が揺れて、そのまま私の腕に収まる。
 小刻みに震えたの瞳からは光が徐々に消え失せていくのがわかった。
 視界が曇っていく中、彼女が最後の足掻きのでように、どうして、と呟いた。


「 ・・・どう、して・・・郭、嘉、さま・・・ 」
「 さて、どうしてだろうね、 」


 まるで事切れたかのように、の全てが活動停止する。
 最後の一点の光が消え、彼女の瞳は虚ろな色を宿していた。
 真っ黒な瞳にぼんやりと自分の顔が映っている。
 自分の顔は丹精だと言われる方で、自分でも自覚しているつもりだ。
 が・・・今、映っている表情は、とてもそうは見えない。
 厭らしいほど歪で、でもこれが素顔なのかもしれない・・・幾つもの仮面を剥いだ、本当の自分。


「 ・・・最後に教えてあげようか。私が貴女をどう想っていたかを 」


 魏の城に咲いた、一輪の美しい貴女という薔薇。
 どれだけの男が貴女を欲し、手に入れようと躍起になっていたかを自身は知らないだろう。
 そして奴らが毎晩脳内で純情で可憐な貴女を、如何様に犯していたかを。
 ・・・そう想像するだけで、反吐が出そうだった。この手で一掃してしまいたかった。
 だからへの恋情を欠片でも覗かせた者は、躊躇いなく戦場へと送ってやった。
 自分が軍師であることを、今ばかりは感謝したいくらいだよ。


「 私はね、貴女が好きで好きで、本当にたまらないから、こんな行為に及んでしまうのだよ? 」


 これを『 悪 』というならば、私は地獄へ堕ちるのだろう。
 だが、私が堕ちるなら貴女も一緒だ。貴女が堕ちるなら、自ら進んで私も堕ちよう。


「 貴女を独りにはしない。だから私の傍にも、同じようにいて欲しいだけなんだ 」


 そう思っていた私に近づいてきた、呪術師と名乗ったあの男・・・。
 愛しい人を『 人形 』にしてしまう薬なんて、最初は期待していなかった。
 なのに、ね・・・あの瞬間を目撃してから、私の心は変わってしまったのだよ。













『 殿を、ずっとお慕いしておりました 』




『 ほ、本当ですか?・・・嬉しい・・・ 』













 昼下がりの、人気のない廊下の片隅で。


 頬を染めて、照れたように俯くは、それは愛らしかったよ・・・憎悪してしまうほどに、ね。
 ・・・それからだ、私の人間らしい理性が、遠い彼方に消えてしまったのは。


「 、お茶など一杯いかがかな?美味しい茶葉が手に入ったので、付き合ってくれないかな 」
「 郭嘉さま・・・嬉しいお誘いですが、仕事がまだ残っておりまして・・・ 」
「 つれないな、僕の為に時間を少しも割いてもらえないなんて・・・でも、彼の為なら割けるのかな 」


 執務室から去ろうとする彼女の、足が止まった。次の動作までに時間が要って、ようやくこちらに向き直る。


「 ・・・郭嘉、さま、一体何のこ・・・ 」
「 たまたま、だよ。この前、厩舎に用事があったのに、まさか告白の現場を見てしまうとは思わなかったんだ 」


 確信したのだろう。さっとの顔が青褪めた。
 微笑んでみたけれどあまり効果はなかったようだ。強張った顔つきのまま、大人しく椅子に座る。
 私は茶器の用意を始めた。すでに温めておいた急須に茶葉を入れ、漂う香に吐息が出た。
 ・・・ああ、いいね。彼女が『 人 』として嗅ぐ最後の香に相応しい。
 下を向いたままの彼女は気づかない。差し出された茶に含まれている成分なんて。




 無言で飲み干したの眉間に皺が寄って、碗が落ちるまでの、たった10秒前の出来事。




「 ・・・・・・・・・、・・・ 」




 光が消え、は何か言おうとしたようだ。ぱく、と口が数度開いたが全ては音にならず。
 力が抜けてきったの身体は、そのまま私の腕の中で大人しくなった。










「 ・・・・・・っく、ふふ、ふははっ、はっ、あはははははは! 」










 珍しく大きな声が出たが、これが笑わずにいられるだろうか。
 私は・・・とうとう手に入れたのだね。殿、貴女を、この手に!
 歓喜の涙が頬を零れ落ち、抱いた彼女の頬を濡らした。その頬に擦り寄ると柔らかい感触に鳥肌が立った。




 さて・・・まずは何をしようか。この幸せな時間を、どうやって過ごそうか。

























 狂気に魅入られた私は、彼女の頬を濡らすのは私の涙でなく、自身が流すものだと気づくことはなかった。






Freak prelude op.3

全部が欲しいな



( どうしようもなく愛してた、今でも狂いそうなほど愛してる )
capriccio

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