かちゃり。






 鍵を逆手にかけると、軽い金属音が静かな部屋に響き渡る。
 彼女を目の前にすれば、それこそ尻尾を振って飛びつきたい衝動に駆られるけれど・・・。


 これだけは絶対に、忘れてはいけない。


 ・・・以前は、この音に全身を震わせていたは、もう振り返りもしない。
 私が贈った絹の衣装を纏い、背を向けたまま大人しく鎮座している。
 人間とは恐ろしいものです。回数を重ねれば、恐怖にも慣れてくるのだと彼女を見ていて知ったのです。


「  」


 その小さな背中を抱きこむように、後ろから彼女を抱き締めた。
 首筋に顔を埋めて、輪郭を確かめるように鼻筋で首元を撫でる。んっ、とくぐもった彼女の声。
 ようやく素直な声を聞けて、私は嬉しそうにの顔を覗き込んだ。


「 ただいま戻りました、 」
「 ・・・伯言・・・ 」


 戸惑ったような彼女の大きな瞳には、満面の笑みを浮かべた自分が映っている。
 だけどその情景は、ゆらりと大きく揺れた。透明の雫が溢れ、零れ落ち、真っ赤になった頬を伝う。
 ・・・と慰めるように彼女の名を呼んで、指先で拭う。
 とめどなく流れるそれを塞き止めることが出来なくて、私は彼女の正面に回りこんで唇を寄せた。
 熟れた頬が乾いているのは、こうして日に幾度も零す涙が、身体の水分を奪ってしまうから。
 だから補うように唇を寄せて彼女を救おうとするのに、は抵抗するように私の肩を押す。


「 は、伯、言・・・お願い、だからっ!もう、もう、こんなことは・・・ 」
「 こんなことってどんなことですか?監禁されてる、なんて考えは捨ててもらいましょうか。
  貴女の葬儀は既に終わりましたよ。此処でしか・・・私の元でしか、貴女は生きられないのです 」
「 ・・・そ・・・んな・・・んんうッ!! 」


 絶望が彼女の表情を覆い、怯んだ隙にの身体を押し倒す。
 簪の落ちる音。豊かな黒髪が、扇を広げるように床を這う。見下ろしたが強張った顔をしていた。
 その瞳には相変わらず満面の笑みを浮かべた自分が映っているのに・・・さっきとはどこか違う。
 狂気的な、という言葉がぴったりだと思った。そう・・・貴女を前にして狂わずになど、いられない。


「 どう、して、こんな、ことに・・・こんなことしなくても、私、伯言のこと・・・ 」
「 ・・・もう、理由など忘れてしまいました。そうですね、敢えて言うなら嫉妬に似ているものでしょうか。
  貴女を他人の目に映したくなかった。貴女の笑みを、私以外の誰にも向けて欲しくなかった 」
「 ・・・伯言 」
「 気が触れていると思って頂いても結構です。貴女が拒んでも、私には貴女しか見えないのですから 」


 自分の襟元を緩めて、彼女の襟元に指を這わせる。
 その時、ふと一瞬の眩しさに瞳を細めた。何かと思えば・・・涙だった。
 この『 部屋 』と『 世界 』を唯一繋ぐ小さな窓辺から差し込む、月の光に照らされた雫。






 ・・・私は自分の唇が酷く歪むのを感じた。押し倒されたが、喉を引き攣らせた。















「 私以外を映してはいけない、と言ったでしょう。これ以上、嫉妬・・・させないでください 」















 彼女の両目を左手で覆うと、そっと顔を下ろして耳元で囁いた。
 襟元を割り、月の下に晒された肌には、連日絶え間なくつけた紅い花が咲いていた。
 蜜を吸うように舌で花を食む。繰り返される行為に、かみ締めていた唇から甘い吐息が零れた。
 連日連夜、こうして彼女を啄ばんだ成果もあって、最早私の与える快楽から逃れる術などないのだ。
 緊張したように小刻みに震えながらも、は必死に、伯言、と私の名を呼んで止めようとしていた。


 伯言、伯言と繰り返し私を呼ぶ声は、宮中で逢う度に交わしていたものと全く変わらないのに。
 どこで・・・私たちは、すれ違ってしまったのでしょう。たまにぼんやりとそんなことを考えてしまう。






「 伯言っ!いや、伯言っ、い、や・・・ぁあ、あああっ!! 」
「 ああッ、愛しています、、貴女を愛して、います・・・ッ! 」






 これが歪んだ愛情表現だとしても、過ちだとは思いません。


 たとえすれ違いがあったとしても、・・・貴女を独り占めにできるのなら、どんな手段も厭わない。


































 ・・・・・・そう、だって私はこんなにも貴女だけを( 狂おしいほど、いや、もうとうに狂っている )






for my dear

いつまでもあいしています



( どうしようもなく愛してた、今でも深く、深く・・・愛してる )
capriccio

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10.陸遜

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