静謐、という言葉がとても合う。
その中で私は盛大な為息を吐いた。最後の音が消え、また静けさを取り戻す。
「 ( どうしよう・・・みんなのレベルに、全然追いつけない ) 」
オーケストラ部のみんなは、出来損ないの私を置いてとうに帰ってしまった。
焦って練習したってダメだってわかってる。でも、差を埋めるためには弾いて弾きまくるしかないんだ。
無音にも近いホールの真ん中で、流れる汗も拭わずにヴァイオリンを構えた。
楽器の音色は悲鳴じみていた。
苦痛の中で動かした弓が大きく弦を弾いた瞬間、感じていた手応えがふっと消えた。
「 あ・・・っ! 」
思わず声が漏れて、私はひっくり返りそうになる身体を必死に立て直すが・・・。
数歩後ろに下がった場所に、オーケストラ陣形に並べてある椅子が置いてあったのがまずかった。
無意識にぎゅっとヴァイオリンを胸に抱く。椅子の群れへ飛び込む衝撃に備えて、瞳を閉じた時だった。
予想よりワンテンポ速いタイミングで、崩れる音がしたような気がして。
それから、危ないッ!という誰かの声も・・・・・・あ、れ・・・・・・??
「 ・・・・・・、、。大丈夫かい 」
・・・今度こそ、気のせいなんかじゃない。声は身体の下から聞こえて、恐る恐る瞳を開ける。
「 じょ・・・徐庶、せ、先輩?何で、ここに・・・ 」
呆然としていた私は、はっとその状況に気づく。椅子の群れへと横たわっているのは、OBである彼で。
まさかとは思ったけれど、どうやら庇ってくれたらしい。私は下敷きになった彼の上から慌てて飛びのいた。
「 すっ、すみませんすみません!怪我、怪我とかありませんかっ!? 」
「 いや、俺は平気だよ。君こそ怪我はない?楽器は無事?? 」
「 あ・・・は、い・・・ 」
躊躇うように答え、そのまま黙った私は、弦の切れた楽器を見下ろす。
いつもなら手に馴染む楽器も、乾燥して、ボロボロの木の塊のように見えた。
「 実は練習の後も、舞台の下手からずっと見てたんだ・・・君は、何をそんなに焦っているんだい? 」
よいしょ、という声と共に身体を起こし、椅子を片付けつつも徐庶先輩が尋ねた。
「 ・・・思い通りに動かないんです、指も、弦も 」
こんな気持ちで出した音色なんて、誰の耳にも響かない。音は音でしかなく、伝わるものがひとつもない。
音楽を愛しているはずのに、今は本当に好きなのかわからなくなってしまう。
必死に堪えていた涙が零れそうになる。徐庶先輩は何も言わずに、私の手からヴァイオリンを取った。
「 、僕が見る限り君はよくやっている。自信を持っていい。音楽は寄り添う者の味方だから 」
張り直した弦の具合を確かめて、不安な顔をした私の手にヴァイオリンを握らせて自分の手を添える。
そのまま楽器を構える姿勢になると、徐庶先輩が私の背後に立ち、身体ごと包み込まれた。
どきりと胸を高鳴らす間もなく、手首に力が篭められ、すっと弦が動いた。
「 最終楽章、最後から16小節前から・・・いくよ 」
返事する心の余裕はなくて、こく、と頷いた私の耳元に、笑ったような吐息がかかった。
ぞくりと背筋を這う甘い震えを打ち消して、自分の口元を引き締める。
彼の手によって紡がれる音は、自分が奏でているのに全く違う。感心しているうちに問題の小節に到達した。
失敗する・・・!と恐れ、震える私の手を握る先輩の手に、ぎゅっと力が入る。
いつもとは違うボーイング。導かれる音の流れに驚く私を置いて、難なくラストスパートを決めた。
弦と弓が離れる。ホールを満たす残響音が消え、ようやく・・・我に、返った。
「 ・・・す・・・ご、い・・・ 」
その一言しか出なかった。吐き出した吐息の音も消えた頃、ようやく楽器を下ろす。
感動を噛みしめながらゆっくりと振り返った視線の先に、にこやかに微笑む先輩の姿。
楽器を椅子にそっと置くと、私はそのまま彼の首にしがみついた。
「 ・・・、っ!!? 」
「 弾けました!私!!先輩のおかげです、本当に本当にありがとうございます!! 」
「 あ・・・ああ。よかった、俺も嬉しいよ・・・・・・いろんな、意味で 」
ぼそりと呟いた台詞に、興奮した私は気づかない。
首にしがみついたまま跳ねる私の背に回った手に、遠慮がちに、それでも確かに力が篭る。
自分でも諦めていたのに、徐庶先輩だけが・・・誰よりも『 私 』を信じてくれた。
余りの嬉しさに、それまで味わった苦しさも悩みも時間も忘れて、私たちはホールの中心で抱き合う。
・・・元の静けさがまた訪れるまでは、しばらく時間がかかりそうだ。
となりの徐庶先輩
( 君が喜んでくれるなら、俺はそれだけで幸せになれる。いつかこの気持ちを伝えられたらいいな・・・と、思う )
拍手、有難うございました。貴方の拍手が、私の元気の源です。
01.徐庶先輩 02.陸遜くん 03.幸村くん
04.政宗先輩 05.趙雲先生
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