「 となり、よろしいですか? 」






 頭上から降った声に、顔を上げた。
 予想通り・・・柔らかい笑みを湛えた彼が、にこりと微笑んだ。


「 陸遜くん 」
「 こんにちは、先輩。デッサン、随分出来上がってきましたね 」
「 ううん、まだまだ。もうちょっと描きこみたいんだ 」


 中心に置いた石膏の周囲に、少しずつ人が増えていく。
 美術室に集まった順番に、自分の好きな席へと座り、課題を進めていくのが今月の課題だった。
 芸術分野の選択科目は、専門教員が少ないこともあって学年の隔てがない。
 だからこうして、ひとつ年下の彼とも接する機会があるのだけど・・・。


 ちら、と横目で見ると、彼は奥の準備室から自分の作品を運んでいた。
 イーゼルに乗ったカンバスと、部屋の中心にある石膏を見比べて、位置を測っているようだ。
 つ、つつ・・・と少しずつ私との距離を詰めると、よし、と小さな呟きが聞こえて、隣に座る気配。
 こっそり見つめていた私の視線などお見通しだと言うように、まっすぐ見つめ、微笑まれてしまった。


「 ・・・っ、ご、ごめん! 」
「 いえ、先輩に見つめられるなんて光栄だと思っていたところです 」
「 か、からかわないでよね、もう・・・ 」
「 全然からかってなどいません。本気ですから 」


 言葉どおりなのか、陸遜くんは至って平然としている。
 取り出した鉛筆は一本一本丁寧に磨がれており、カンバスを音も立てずに疾っていく。


「 ( ・・・綺麗 ) 」


 純粋にそう思った。細い指先に導かれ、黒鉛が物の形を描いていく。
 彼のデッサンこそとても丁寧で、無駄が無い。描かれた輪郭は美しく、その軌道につい見惚れてしまう。
 ほう、と溜め息を吐きそうになって、我に返る。いけない、私こそデッサンを進めなきゃいけないのに。
 私は軽く首を振って、石膏に向かい合う。
 凄まじい集中力に満ちた教室はとても静かだ。その空気を吸って、鉛筆を流す。
 聞きなれたその音は耳に心地良い。音楽家がリズムに乗るように、私も音に身を預ける・・・と。






「 ・・・綺麗だ 」






 ふいに聞こえた声。え、と振り向いて尋ねようとした私の耳に、突如大きな不協和音が入った。
 同じようにデッサンしていた皆も振り返る中で、陸遜くんは自分のカンバスを片付け始めた。
 他人事とはいえ青褪める私。周囲の皆だって顔を見合わせてざわめいていた。
 彼の絵は随分と仕上がっていたはずだ。それを片付けてしまう、の・・・!?


「 り、陸遜・・・くん?? 」


 新しいカンバスを準備室から持ってくると、イーゼルにセットする。何故か・・・私に向かって。
 り・・・陸遜くん、デッサン対象はヴィーナスの石膏だよ?と思うのに、声がかけられない。
 よし、と納得したように頷いた彼は、誰の視線も構わず『 私だけ 』を見つめて・・・。
 恋した乙女のように頬を薄っすら染めて、それは優しい笑顔を浮かべた。


「 石膏のヴィーナスには悪いけれど、私が描きたいのは・・・先輩という女性のみ、です 」
「 わ・・・私・・・? 」
「 はい。先程、絵に集中する先輩の姿を見て、思いました。やはり貴女は、この世の誰よりも美しい 」














 ・・・だ・・・誰が、年下男子に『 美しい 』と言われるのを想定しただろうか・・・。














 ぽかんと口を開けて呆然としている私を置いて、陸遜くんは鉛筆を動かし始めた。
 時々パースを計る仕草をするから、もしかして・・・いや、もしかしなくても!
 皆の視線が陸遜くんではなく、私に集まってくる( 多分、彼が一切気にしないからだと思う )
 嫌でも感じるその圧力に逃げたいのに、立とうとすると、動かないで!と彼が制止の声をかける。






「 ( ううう、ど、どうすればいいのよぉ・・・! ) 」






 視線を寄せる皆の関心がなくなるのを待つしかない、のかな・・・。






 授業が終わる瞬間のことを考えると、顔から火が出そうだった。
 それを見ていた陸遜くんが、カンバスの向こうでほくそ笑んでいたことなど・・・露知らずにいた。






となりの陸遜くん



( そうやって頬を染める姿も愛らしいですね、先輩。私はもっと・・・貴女のことが、知りたい )

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01.徐庶先輩 02.陸遜くん 03.幸村くん
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