幼馴染は夢見がちだ。




 幼い頃からの彼女の夢は、いつだって『 お姫様 』で。
 スカートの裾を摘まんで、ちょこんと挨拶。文鴦の手はここね、と自分の腰に添えてステップ。
 子供同士の拙いステップでも、それなりに身体を揺らせば彼女は満足するようだった。
 私は、本当なら『 王子 』の真似事なんてやりたくなかった・・・でも・・・。


 ・・・その笑顔を見たいがために、当時の私は一生懸命だったんだ。






「 待ってね、すぐ探すからその辺に座ってて 」






 ああ、と短い返事を返すと、は机の上を探し始める。私は周囲に視線を泳がせた。
 久々に訪れた彼女の部屋はどこか懐かしい。扉を支える柱についた傷もそのままだった。
 それとそっと撫でると、ふと脇の本棚に目が映る( これは・・・ )
 振り向いたが大きな声を上げた。


「 文鴦!これでしょ、数学のプリント・・・って、何ひとの本棚、勝手に触ってんの!? 」
「 懐かしいな、と思っただけだ。・・・ああ、今見るとやっぱり新鮮だな 」


 手に取った大きい絵本。かささ、と重めの厚紙を一枚ずつ丁寧に捲っていく。
 褪せた本、独特の色合い。それでも眺めているだけで、じんわりと温かいものが心に宿る。
 手元が翳ったと思えば、が寄り添って同じように本を覗き込んでいた。
 立ったまま胸の高さに持って読んでいたが、彼女にとっては背伸びが少し必要だったようだ。
 私は本を持って床に座ると、も隣に座った。


「 は今でも『 お姫様 』に憧れているのか? 」
「 ・・・そういうこと言われるの嫌だから、隠したかったのに・・・ 」
「 す、すまない。別に意地悪をしたわけでは・・・ 」
「 ふふっ、大丈夫、わかってるよ。文鴦がそんなことするわけないもんね 」


 は無防備な笑顔を浮かべた。そして視線を本に戻すと、細い指を伸ばす。
 止まった私を促すように、ぱら、とページを捲る横顔は、幼い頃のままだった。
 紅潮した頬のまま、キラキラと瞳を輝かせて本に魅入っている。
 私は、のその表情がとても好きで、それから・・。




 ・・・止まっていた時計が動き出すように。砂時計の砂が、再び心に積もっていく。




「 、踊ろうか 」


 本を畳んで、えっ!?と見開いた目を何度も瞬きさせているの手を取る。
 ページを捲っていた細い指を自分の手のひらに乗せて、腰に手を回すと、彼女の身体が跳ねた。
 耳まで真っ赤になったが、萎れた花のように俯いたが・・・すぐに持ち上がる。
 身体が覚えているステップ。大きくなった身体で回るには狭すぎるが、何とか転ばずに済んだ。
 彼女の表情が明るいものに変わり、悲鳴が楽しそうな声になった時、とうとうバランスを崩す。
 倒れそうになったの肢体に手を伸ばすと、その軽さに内心驚いたが。
 何とか持ち直して無事に立たせると、が急にクスクスと肩を揺らし始めた。


「 『 王子 』な文鴦と『 お姫様 』の私で、今みたいにこの部屋でいっぱい踊ったよね。
  あんな小さい頃のこと覚えててくれたんだ・・・私は、思い出すとちょっと恥ずかしいのに 」


 えへへ、と照れた笑みを浮かべたは、繋いでいた手を離そうとした。
 ・・・が、いつまで経っても、その手を握ったままの私をびっくりしたように見上げた。


「 ・・・文、鴦・・・?? 」
「 、すまない。私はずっと・・・ずっと、あの頃から貴女に言いたいことがあったんだ 」


 繋いだ手をそのままに、私は片膝を折る。
 が緊張に息を飲んだのが、細い指を通して伝わってきた。












「 私は『 王子 』ではなく『 騎士 』になりたかった。唯一人と決めた、貴女を護る存在に。
  もし可能なら、これからは傍で・・・愛する貴女を護らせてもらえないだろうか 」












 ただでさえ大きな瞳を、もう一度めいっぱい見開いて・・・嬉しそうに、が頷く。
 では、と呟いて、彼女の手を引き寄せる。
 王子ではなく騎士への昇格の証として、忠誠のキスを手のひらに添えた後は。




 今度は貴女の、花びらのような可憐な唇に・・・愛情いっぱいのキスを贈っても良いだろうか。




例えばあたしがお姫様

あなたが騎士だったなら

( 『 お姫様 』でなくても、私は大好きな文鴦がいればいつだって『 特別な私 』になれるの )
title:ユグドラシル

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01.文鴦 02.片倉小十郎 03.郭嘉
04.真田幸村 05.趙雲



10.?( secret )