その眼鏡を外して見える世界はどんなものだろう。
淡い生成り色のカーテンが橙色に染まり、時折吹くすきま風に揺れている。
広げたノートに回答式を書くと、向かいに座った彼女が赤ペンで大きく丸を付けた。
「 郭嘉さん、さすがです!この資格の出題者、こういうひっかけ問題が好きなんですよ 」
「 そう。なら、やっぱりさんに聞いて正解だったな 」
私の台詞に、えへへ、と照れたように彼女が笑う。
・・・本当は、資格試験なんて私がその気になれば満点だって夢じゃない。
けれど、一目惚れした彼女に習うという、このシチュエーションは悪くない。
一生懸命な先生姿を見るのも、ひとつの机を共有して距離が縮まるのも好きだった。
さんは同級生だが、一足早く目標の資格に合格している。口実には最適だった。
「 これじゃ私が教えることなんてないかも。あ、でも次の設問はね・・・ 」
そう言って身体を傾けた彼女の眼鏡の縁が、窓から差し込む光を反射して光る。
眩しさに目を細めて、長い前髪の間からそれを見た。
目についたのは、俯いたさんの分厚いレンズの向こうに映る睫毛の影。
瞬きを繰り返すたびに、目が単語を追うたびに・・・揺れて、動いて、陽炎のよう。
私は、つい・・・本当に、つい、手を伸ばす。
触れてはいけないものに触れたくなる心理、のような・・・。
「 え、あっ・・・! 」
突如、眼鏡を外された彼女の驚いた声がして、耳にかけていた髪がぱさりと落下する。
それを私の代わりにかき上げるように、顔元を覆った髪が吹き抜けた風に舞う。
眼鏡という、彼女との間にあった硝子の境界を手に・・・私は呆然としていた。
うつくしいものを、みた。
陶磁器のような白い肌。光を帯びて揺れる漆黒の瞳。半開きの唇ほど妖しく誘惑するものはない。
大きく目を見開いていたさんの頬が、ぱっと朱色に染まる。
そんな様子の彼女を初めて見た訳でもないのに・・・今までにない新鮮な想いが胸に溢れる。
こみ上げる熱量に比例して、興奮に唇が弧を描いた。
「 か、郭嘉、さんっ!眼鏡を、眼鏡を返してください・・・! 」
眼鏡を掴む手を目指して、身を乗り出した彼女の手を反対に捕えて引き寄せる。
机ひとつ分の距離がぐっと縮まると、予想外の行動に驚いたさんが息を飲んだ。
ぴたり、と硬直する。次に吐き出される吐息がかかるくらいの距離で、私は唇を開いた。
「 どうして?さんは、眼鏡をしない方が素敵だよ 」
「 か・・・からかわないで、ください!早く返して、でないとテキストが見えな・・・ 」
「 どの程度、視力が悪いのかな。今の私と貴女の距離なら見える?それとも・・・ 」
握る手のひらに力がこもる。今度は逆に、身体を後ろに引こうとするがそうはさせない。
それでも、顔を背けようとした瞬間、もう反対の手に持っていた眼鏡を離す。
かつん・・・と床に落ちる音に反応した彼女の後頭部に手を添えて、自分の方へと引き寄せた。
・・・もう、私たちの間には1cmの隙間すらない。
舌を伸ばせば、目の前にある甘い桃色の果実を頬張れるくらいの、至近距離で。
さんの瞳に映った自分が、小刻みに震えている。
怖がらなくていいんだよ、と。そう伝えたくて、私は自分が出せる最高に甘い声音で囁いた。
「 ふふ・・・逃がしてあげないよ、さん 」
同じ人に、二度も恋に落ちるなんて。
一目惚れしたあの時よりも、今の方がずっと切ない気持ちになっている。
では三度目は、四度目は・・・もっともっと魅力的な貴女を見ることができるのだろうか。
想像するだけで甘美な気分になる。この私を、こんな気分にさせるなんて。
これからも・・・酔わせてくれるかい?貴女の、その溢れる魅力で。
「 教えることがない、なんてことはない。私はもっと知りたいんだ、貴女のことを 」
こくり、と喉が動く音がした。観念したのか、さんがぎゅっと目を瞑る。
一際大きく吹き抜けた風が、ふわりとカーテンを旗のごとくはためく。
それを合図に・・・誘蛾灯に惹かれる蝶のように、私は恐れることなく陽炎の中に飛び込んだ。
橙と生成り色の世界に包まれて、私と彼女の距離が・・・とうとう『 ゼロ 』になった。
例えばあたしが教師で
あなたが生徒だったなら
( 私だって何度も恋に落ちている。貴方のそのオトナな一面に、いつだってドキドキしてるの )
title:ユグドラシル
拍手、有難うございました。貴方の拍手が、私の元気の源です。
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10.?( secret )
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