浜辺で独り、黄昏に暮れる。




 目の前に広がる水平線には、今にも静みそうな夕陽。夕陽は紅色。好きな色だ。
 いつもなら気持ちが昂る瞬間であるのに。
 今日は見つめれば見つめるほど、酷く物悲しい気分に襲われる・・・。
 心境ひとつでこうも左右されるということは、某の修行が足りないのか。
 己の弱さを痛感してこみ上げる涙を零さぬよう、唇を噛みしめる。


 気持ちを落ち着け、はあ・・・と大きな溜息を零した時だった。






「 幸村 」





 某の名を呼ぶ声。今、一番聞きたくない、愛しい・・・声。






「 ・・・どうした 」


 砂利を踏む音。近づいてくるほど、嫌でも胸が高鳴っていく。
 つま先と視界を過る影が近づいてきたと思えば、すぐさま隣に座った。
 吹き抜ける海風に靡いた髪から、彼女の匂いが鼻を掠める。思わず目を細めた。


「 どうした、って幸村が心配になったから・・・聞いたよ 」
「 ・・・佐助の奴か、言うなと言ったのに 」


 お節介な幼馴染の顔を思い出して吐くと、彼女が宥めるように語りかけてきた。


「 そんな風に言わないで。私には何も隠さないでって、昔から言ってるのに 」
「 隠してなどおらぬ!・・・ただ、もう少し心の整理がついてから、と・・・ 」
「 それが隠してるっていうのよ 」


 はそう言って、俯いた某の頭を引き寄せる。
 気持ち同様、弱っていた身体はぐらりと揺らぎ、あっさりと彼女の首筋へと倒れ込んだ。
 鼻筋と上唇に当たる生肌の温もりに、かっと熱が上がった。
 や、やめるでござるッ!と暴れる某を、やめない!と叱って絶対に離してはくれなかった。




「 幸村っ、お姉ちゃんのいうことが聞けないっていうのっ!? 」




 その台詞に、びく、と身体が強張った。
 脳内を満たしていた『 混乱 』の二文字がたちまち勢いを失っていく・・・。
 大人しくなった某に気づいて、はもう一度ぎゅっと抱きしめる。
 沈黙の長さを計るように、ざざん、ざ、ざん、と波の音が幾度も繰り返していた。
 その間も、指先を某の髪に絡めて梳いてくれる彼女・・・心地よくて、言葉を失う。
 視界に映った影が深みを増していく様を、じっと凝視していた。


「 ・・・・・・好きになれる、と思ったのだ 」


 長い沈黙の後に、ぽつりと呟く。


「 髪の長さも、口調も背丈も、優しいところも似ていたから、好きになれると思ったのだ 」
「 そっか・・・ 」
「 けれど、自分を通して『 誰 』を見ているのか、と問われた。これでは片思いと同じだと 」
「 うん・・・ 」
「 告白したのに応えてくれないなら、一緒にいる意味がないとフラれてしまった 」
「 ・・・・・・・・・ 」








 は聞かなかった。誰に『 似ている 』と思ったのか、と。
 ・・・知っているから、だ。某が真に愛している者を。








 両腕を伸ばす。彼女の身体を抱きしめ返すようにその背を抱いた。
 子供が縋りつくようにに抱き付いていたつもりだが、気が付けば某が彼女を抱きすくめていた。
 いつの間にか・・・某の方が姉である彼女より大きく、逞しくなった。
 世界で一番大切な人を護るため。なのに、それは某の役目ではないと知ったのは大人になってから。
 その人は為すがままになっていた。頬には、大粒の涙が伝っていた。


「 ・・・泣かないでくれ、。某は、某は、困らせる気など毛頭ないのだ 」
「 うん、わかってる・・・私は大丈夫、ありがと、幸村、ありがとうね・・・ 」


 の手が某を掻き抱く。それ以上言うな、と暗に言っているようだった。
 だから・・・某はそれ以上紡ぐべき言葉を喉の奥に押し込む。困らせる気など、本当にない。
 彼女を困らせても仕方のないこと。避けられない運命、という言葉では片付けられないけれど。




 某もも『 それ 』を口にしなければ・・・今のままで、いられる。


















 風が凪ぐ。けれど、風を通す隙間もないほど某たちは寄り添う。
 閉じた瞼の裏で燻ったままの、紅。
 夕陽の残像か、身体を巡る疎ましい血潮か、その運命に抗おうとする狂おしい程の恋炎か。


 とめどない涙は、今だけは某のもの。某を想って零れる、愛の滴。
 それを拭うことはできないけれど、濡れて冷えていく肩に胸が震えた。




 とうに陽は沈んでいたけれど、夜の闇に溶けてしまうまで、重なる影が離れることはなかった。




例えばあたしが

あなたがだったなら

( このままひとつになってしまえばいい。そうしたら、来世を待たずとも愛し合えるのに )
title:ユグドラシル

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