何か月ぶりかの来店。久しぶりに聞いた鐘の音は、店の扉についたものだ。




「 趙雲さんっ! 」
「 やあ、。久しぶりだね、元気だったか? 」


 案内された席に座ると、遅れて隣に座った彼女は花が咲き誇るかの如く美しく微笑む。
 慣れた手際でウィスキーを用意する彼女に、覚束なかった頃が懐かしいなと言うと、肩を竦めた。


「 意地悪ね。でも趙雲さんが指名してくれるようになったお陰で、続けていられるんだもの。
  誰もが知っている大手企業の重役が指名するホステスはどんな奴か、って注目されたわ 」
「 そうか、肩書は煩わしいと思っていたが、君の役に立ったのなら悪くないな 」


 ころころと笑い、が甘えるように擦り寄ってきた。ちら、と周囲を見渡す。
 ホステスを管理し、目を光らせるオーナーは店の奥にいるのか姿が見えない。
 机の下に片手を忍ばせると、絡められる指と指。
 隣を向くと・・・何故か怯えた表情をしたが、私を見上げて小さな声で問う。




「 ずっと聞きたかったんです。あの日・・・初めてお店に来た時、どうして私を選んだんですか? 」




 余程、勇気を振り絞ったのか、瞳が興奮に潤み、口元は緊張に震えていた。
 ・・・私には、が何を尋ねようとしているのか解っていた。
 絡めた指に少し力を入れて促すと、彼女は頷いて話を続けた。


「 趙雲さんに感謝しているからこそ、私は本当の意味で『 風俗嬢 』になれないんです。
  オーナーに他の人にしろと言われても、は、初めて、だけは、その・・・趙雲さん、が・・・ 」
「  」


 静かに、それでもはっきりとした物言いに、が身体を震わせて私を見つめた。


「 悪いと思っている。それでも、貴女を本当の『 風俗嬢 』にする気はないよ。
  私の愛は、そんな仮初のものではないと証明してみせよう  」


 え、と口を開いた彼女と繋いでいた手を、机の下から掲げて、見せびらかすように甲に唇を寄せる。
 が恥ずかしそうに頬を染めたのと同時に、周囲の客や他のホステスたちも気づいたようだ。
 黄色い歓声にオーナーが駆け付けた頃には、テーブルに名刺を置いて、を連れて店を飛び出す。
 誰かの呼び止める声が背後から聞こえた。だけど、その声に足を止めるほど愚かではない。
 手を引くも、高いヒールを履いているのによくついて来てくれた。
 それでも顔を歪めてくる様に、罪悪感を感じて速度を緩める。
 ・・・少しずつ、少しずつ。店から十分距離を取ったのを確認して、とうとう足を止めた。


「 。大丈夫か? 」
「 は・・・はい、あ、の・・・趙雲、さん・・・どうして、 」
「 ・・・しばらく店に来れなかったのは、君の身辺を調べていたからなんだ。すまない 」


 苦しかった呼吸も忘れて固まった。正面から向き合った私は、彼女の両肩に手を添える。


「 ずっと理由を知りたかったのは、私も同じだ。貴女が自分で望んで入った世界なのか、と。
  貴女は他の女性とは違う。親しんでいる間柄になっても、分別をちゃんと持っている。
  だから、きちんと知っておきたかった。知らずに『 客 』になるのは、嫌だったんだ 」
「 ・・・そ、れは・・・ 」
「 お節介なのは重々承知だが・・・お母さんのことは心配しなくていい。信頼できる病院に預けた 」


 彼女が弾かれたように顔を上げる。
 その顔が、堪えていた感情を爆発させるように歪み、ぶわりと涙を溢れさせる。










「 君を・・・『 鳥籠 』から解き放ってあげたかった。これがエゴだとしても、私の愛、だ 」










 ありがとうございます、趙雲さん、ありがとう・・・としがみついたが嗚咽する。
 着ていたジャケット脱いで、今にも崩れ落ちそうなの身体を抱きしめる。


「 ( 細い。そして、思っていた以上に・・・温かい・・・ ) 」


 胸の中の小鳥は空へと還っていく。愛しさに手を伸ばしてしまうかもしれないが、捕まえはしない。
 どうか、愛する貴女は枷に捕らわれることなく、自由に羽ばたいて欲しい。
 ・・・それでも、もし、もし私を選んでくれたとしたら。
 その時は誰よりも・・・、貴女だけを愛そう。限りない愛で貴女を包んであげたい。








 夜も眠らないネオンに照らされながら、今、私たちはずっと待っていた『 夜明け 』を迎えた。




例えばあたしが風俗嬢

あなたがだったなら

( これが彼の愛だというなら、私も応えたい。貴方が私を愛すように、私だって貴方を愛してる )
title:ユグドラシル

拍手、有難うございました。貴方の拍手が、私の元気の源です。

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