新月の夜、彼女の元を訪れる。
そびえ立つ屋敷の壁も、苦労したのは最初の数度だけ。
軽々と乗り越えると、音もなく庭に下り立った。
大きな屋敷はそれだけ人目をかいくぐれる場所も多い、と教えてくれたのは彼女だ。
小さい頃、こっそり外に出たこともあったよ。廊下を通る時間が決まってるの。
そう言って幼少期からお転婆姫だったは、意地悪そうな笑みを浮かべた。
彼女の笑顔を思い出して、ふと自分も笑みを浮かべていたことに気づいた。
・・・何だか悔しくて、すぐにひっこめる。
周囲に人の気配がないのを確認し、持っていたびいどろの欠片に光を当てて反射させた。
きら、と僅かな、一瞬の光を窓に当てる。すぐさま、その窓が静かに開いた。
「 ( 三成! ) 」
音にならずとも解る『 声 』。俺の名を唇が紡ぐと知るなり、ぐぐっと両脚に力がこもった。
闇夜を跳ぶ。忍にも劣らぬ脚で跳躍すると、難なく窓枠の上に辿り着いた。
前のめりになった身体を、躊躇いなく引き寄せる両腕。
「 うわッ! 」
「 きゃっ! 」
そのまま部屋に倒れ込んだ音は階下まで響いたようで、途端に足音が近づいてくる。
腰に帯びた刀へと手をかけると、尻をさすっていたはすぐに私の手に自分のを重ねた。
ふるふると首を振って見せると、叩かれた襖の前に毅然と立った。
「 姫様、いかがなさいましたか 」
「 何でもないの。大きな鼠がいて、驚いて几帳を倒してしまっただけよ 」
「 片付けましょうか 」
「 その必要はないわ。私は眠いの・・・お下がり! 」
「 ・・・はい 」
の強い物言いに、駆け付けた者たちが慌てて退散していく。
ふん!と鼻息荒く立つ彼女の背中を眺めていた。
一瞬触れた彼女の熱を閉じ込めるように、左手が右手を覆う。
「 上手くいったわね、三成 」
すべての気配が消え、2人きりになったのを確かめるとがにっこり笑って振り返った。
「 貴様、わざとかッ!?突然、だ、抱き付くなど・・・危ないだろう!! 」
「 だって久々だから、早く抱き締めて欲しかったんだもの。だから私から抱きついちゃえって。
意外なのは、三成が思い外踏ん張ってくれなかったことかな。あっさり転がっちゃうんだもの 」
「 何だと!あれは貴様が・・・ 」
「 んもう、いいから抱き締めて!抱き締めて抱き締めて!!ほらほらほら!!! 」
小さく地団太を踏んだが両手を伸ばす。
幼子のようだ。でもそんな彼女に、私は・・・愛しさ以外の何も感じない。
飛び込んできた彼女を抱き締めると、彼女が愛用する香の匂いがふわりと私を包んだ。
・・・肩の力が抜けていく。自分の心から魂まで、彼女の『 色 』に塗り替えられていくようだ。
それはも同じなのか。しばらく瞳を閉じていたが、幸せそうに微笑んで私を見上げた。
「 ねえ、呼んで。貴様じゃなくて私の名前 」
「 ・・・・・・ 」
「 ふふっ、嬉しい。三成・・・逢いたかったわ、とっても 」
ああ、と短く答えたが、内心『 とっても逢いたかった 』なんて言葉では足りないと思ってる。
月一回、徳川血縁の姫と逢瀬していると知れれば、世間からどんな反応が返ってくるか。
それが解らぬほど愚かな私ではない、が。
「 ( それでも・・・それでも、抑え切れぬ・・・ッ! ) 」
この愛しい存在を手放すくらいなら、名誉も誇りも失って構わないとさえ・・・思っている。
何を血迷ったことを、と世間は哂うだろう。だが、私は本気だ。
そのくらい彼女を愛している。そのくらい、を欲している自分も、愛しいと思えるほど。
ひとしきり抱き合った後、が寝室へと手を引いた。
「 ・・・夜は長いわ。お話ししましょう、三成。貴方の声が聴きたいわ 」
一か月の間、ひとつも漏らさずに貴方の出来事をお話して頂戴。私ももちろん話すわ。
は耳元で優しく囁くと、そっと私の前髪を捲った。
薄ら浮かんだ涙を見せないように俯いていた顔を上げ、私の瞳に彼女が映る。
そこには、やっぱり少し涙目になったの顔があって・・・私は手を固く握り返す。
熱くなる胸の内。一分一秒が惜しくなり、逸る気持ちが重なり合って加速していく。
手に在る温もりを思い、胸が詰まる。私とは室へ入るなり、寝具に埋まった。
・・・何と、幸せな。だが彼女の言うように、私たちの夜は始まったばかりだ。
例えばあたしがジュリエットで
あなたがロミオだったなら
( 誰にも汚せない愛と共に捧げるわ、三成。この命も魂も、永遠に貴方のものよ )
title:ユグドラシル
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