「 幸村くん・・・大丈夫? 」




 彼女の心配そうな問いかけに、うむ、と返答したかったが・・・もう声すら出ない。




 こ・・・此処に” 立つ ”直前までは、何ともなかったのだ!

 駅まで迎えに来てくれた彼女と共に、少しずつ気分が悪くなっていった。
 踏み出す一歩が地面を踏むたびに、足の裏から生気が吸い取られていくような気がして・・・。
 殿の実家へと着く頃には、緊張と焦りで、某の脳内は言葉では言い表せないほど混乱していた!!

「 ( うううッ、なんと情けない!
    ご、ご挨拶させていただくだけだというのに、こうも圧迫されるとは・・・! ) 」

 ぎゅっと胸を掴む。何と気弱な、と罵られても・・・可能なら、今すぐ蹲ってしまいたい・・・!!
 少しでも気を緩めたら、押し寄せる不安の波に飲み込まれ、発狂してしまいそうだった。
 脂汗を浮かべた某を見て、彼女はバッグからハンカチを取り出すと額にそっと当ててくれた。
 朦朧とする意識を擡げて、殿を見上げる。

「 殿・・・すまぬ・・・ 」
「 ううん、私は平気だよ。それより・・・具合が悪いならまた後日にしようよ。ね? 」
「 ・・・・・・・・・ 」




 お父さんなら、来週の日曜日も居るって言ってたし。




 そう言って、某を安心させようとにっこり笑った。
 ・・・殿はいつも優しい。そうやって気遣ってくれる彼女に甘える時も、ある。

「 ( け・・・れど、けれどけれど!今日だけは、そうもいかぬッ!! ) 」

 ここで甘えて機を逃しては、某の一生の恥となろう!!
 今日という日は、殿のご家族と選んだ” 大安吉日 ”。
 これから・・・家族になろうというのに、ここで躓いてしまっては何も始まらぬ!
 か、彼女の話では、そそっ、それ、某とのけけけ結婚にっ!反対していないと言うし・・・。

 『 でもさー、実際逢うまではわからないよねー? 』と言っていた佐助の言葉は忘れるとして!
 『 幸村よ、お主も男なら殿の幸せのために為すべきことを為せ 』というお館様の言葉を胸に!






「 うおぉぉおおあああッッ!! 」






 ぴんぽー・・・ん・・・。






 咆哮とは対照的な、軽い音が周囲に響く。
 隣の殿が、びっくりした顔で某を見ているのが解った。
 手の甲で汗をひと拭い。スーツの襟元とネクタイを正し、呼吸を整えて彼女に向き合う。

「 ・・・殿 」
「 は、はい! 」

 名前を急に呼ばれてか。彼女がぴしっと背筋を伸ばす。
 その様子に自然と笑みが浮かぶ。と同時に、緊張が少しだけ解れたのがわかった。
 ぷる、と一度頭を振って思考を切り替える・・・悩むのは、もう止めるでござる。
 大きく深呼吸をして、殿を真っ直ぐ見据えた某は、堂々と宣言した。

「 某は、殿の・・・いや、殿と某の幸せのために為すべきことを為すでござる。
  そなたが大切で、某はずっと・・・ずっと傍に居たいと、思う!だから・・・!! 」
「 ・・・うん。ありがとうね、幸村くん 」

 彼女の頬が少しだけ赤く染まって、今度は” 2人で ”微笑み合う。
 ・・・こうしていつまでも笑っていたい。この何とも言えない幸せのために、某は『 為す 』のだ。
 ( 目の前の殿も、同じように某との幸せを願っていてくれたら・・・嬉しい )

 だから、ここがスタート地点。これも戦のうちと思えば、の、乗り越えてみせようぞっ!!

 はぁい、とのんびりとした女性の声。きっと殿の母上だろう。
 扉が開くと同時に、勢いよく頭を下げる。










 心の中で、スターターピストルが鳴り響いた。


ディア ブライド

《ご挨拶編》

( 反対なんかされるはずない。だって、私の夫になるのは幸村くんしかいないもの! )

title:fynch

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