タクシーのテールランプが道路の向こうに消える頃、私はマンションの鍵を開けていた。




 厳重なオートロックのマンションを選んだのは、彼女の身の安全を考えて。
 一緒に住む私は遅く帰ることが多いので、がいつでも心穏やかに暮らせるように。

 横抱きに抱えていた彼女の履いていたヒールを脱がせ、自分も靴を脱ぐと、玄関を抜けて寝室に入る。
 寝室の真ん中に配置されたベッドの上に、そっと彼女を下ろす。
 安らかな寝息を立てていたは、とさり、と静かに横たわった。
 枕元に腰掛けて、月明かりだけが差す部屋の中で彼女の顔を覗き込む。
 疲労の濃く浮き出た顔。張り付いた前髪をそっと拭うと、独り言のように呟いた。



「 お疲れ様。私の” 奥さん ” 」



 結婚式の準備期間はあんなに長かったのに、迎えた当日はあっという間だった。
 自分たちの幸せを心から祝ってくれる客人のために、とは随分と尽力した。
 ( もちろん、私も最大のサポートに努めたつもりだが )
 おかげで式も披露宴も大成功。私たちだけでなく、その場にいた皆が幸せを共有できたと思う。



 だから・・・ようやく実感できた。



「 ( 彼女が、私のものであること。お互いが唯一無二の存在であること ) 」

 婚礼したことを” 披露 ”することには変わりない。
 ただ私にとっては、彼女の『 所有権 』を主張したことと同じ意味を持つ。

 ・・・可愛い可愛い、私の花嫁。
 できることなら、私だけしか開けられない鍵をかけて、ここに一生閉じ込めておいてしまいたい。
 実はそんなことを考えているなんて、彼女は微塵も気づかないのだろう。
 それでいい。の、そんな無垢で純粋なところに憧れると同時に、愛している。

「 神様に誓っただけじゃ足りない。だから、貴女にも誓おう。
  病める時も・・・なんて時を選ばず、私は一生ずっと傍にいる。と共に生きたい 」

 力の抜けた手に、そっと自分のものを重ねると、幼子のようにきゅっと俺の手を握り締める。
 こんな・・・小さな幸せに胸を躍らせる日がこれからも続くのだと思うと、胸の奥がくすぐったい。

「 朝から忙しかったからな・・・今夜はこのまま眠るといい 」

 上着を脱がせ、首元を緩めてやる。よほど深く眠っているのだろう、目を覚ます気配はなかった。
 規則的な寝息を見届けて、ほっと一息。このまま朝まで眠れば、明日には疲れも緩和されているだろう。
 私はひと口水でも飲んでくるか、と立とうとした・・・の、だけど。

「 ・・・? 」

 くい、と腕を引っ張られる感覚。
 振り返ると、先程繋いでいたももの手が、いつの間にか握っていたままになっていたようだ。
 ・・・もちろん、振りほどくこともできた。
 きっと眠り姫は無意識にやっていることで、振り払ったところで彼女を傷つけることにはならないだろう。

「 ( それでも・・・私が、そうしたくなかったのだ ) 」






 いつ何時であろうと、彼女に求められて断る理由はない。






「 仰せのままに、姫 」

 私はそのままの隣へと滑り込む。
 冷たいシーツの波の中でも、暖かな彼女を抱きこめれば寒さなど気にならなかった。
 胸の中で猫のように丸まる。寝息を重ねていると、自分にも次第と忍び寄る睡魔の足音。










「 ・・・おやすみ、 」










 こうして近くで「 おはよう 」と「 おやすみ 」を繰り返せる幸せ。

 絶対に離すまいと自分の胸に誓って、私はを抱きしめて眠りについた。


ディア ブライド

《式の後編》

( 連理の枝に、比翼の鳥になる一歩が、明日から始まる )

title:fynch

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