珈琲の香りは、あの人の香り。




立ち昇る温かい蒸気が、ほんわりと給湯室に立ち込める。
私の顔に自然と笑みが浮かび、用意したトレイに、みんなのカップを並べる。
並べ方は、もう決まっている。入り口から近い、机の順番。


「 リーバー班長、コムイ室長・・・と、私 」


科学班室の一番奥にいるのは、室長である・・・彼。
本当は入り口に一番近い、末席の私は手際上、一番最後。
・・・トレイに並ぶ、二人のカップはこんなに近いのに。


「 何で・・・あんなに、遠いかなぁ 」








自然と、溜息が零れてしまうのは、きっと・・・私の力不足。


どんなに、どんなに、努力しても、頑張ってみても。
全く、彼の足元に及ばなくて。
科学班室で過ごす時間が多ければ多いほど、絶望的。
無力な私の周りに、見上げるほど高い壁が出来ていく。








「 息詰まってるなぁ・・・ 」
「 何で?? 」
「 それは・・・って、うわぁぁぁーっっ!! 」


給湯室のアコーディオンカーテンから、ニュ、と突き出た顔。
トレイにぶつかって、慌てた私と零れそうな珈琲に両腕を差し出す。
ふー・・・と長いと息を吐いて。


「 危なかったねー。火傷とか、してない? 」
「 ・・・コ、コムイ、室長・・・有難うございました 」


ってぇ!脅かしたのは、室長じゃないですかっ!!
と、突っ込むと、彼は飄々(ひょうひょう)と微笑った。
・・・つん、と鼻を突く、濃い珈琲の香り。
入れたての瞬間のように、気を緩めようとして・・・
今更、自分がコムイ室長の腕に支えられているのに気づいた。


「 あ、あの!室長・・・もう、大丈夫なんで、すけど・・・ 」


モゴモゴと小さな身体でもがくと、彼はわざと力を入れる。
白衣の胸板に抱きこめられて、呼吸も意識も爆発寸前。


「 ん?聞こえなーい 」
「 ししし、し、室長・・・ってば!! 」
「 ・・・無理しなくていいんだよ? 」


ぼそり、と耳を突いた言葉は、リーバー班長の怒鳴り声よりも胸に響く。


「 君は良くやっている。僕は、何度もそんな君に助けられているよ 」


私は、背の高い彼を見上げる。彼の自愛に満ちた瞳も、私に注がれていた。
・・・このまま、見つめ合っていたら泣いてしまう。
慌てて俯くと、その頭に大きな手が添えられた。


「 ありがとう、いつもありがとう 」










・・・室長、どうしてわかったんですか?


私が、いつも室長に言葉を求めてしまっていることに
私が、いつも室長に認めてほしがっていることに




背伸びする私に、正しい靴を履きなさいと正してくれる貴方










「 室長には・・・ホント、敵いませんね・・・私 」
「 アハハ、そうかい? 」


頬を伝う涙を、彼の指が拭う。
眼鏡の奥の瞳に、子供に戻った私を映っていた。


「 さ、手伝うよ。珈琲を冷める前に配らないとね 」


彼はトレイを持ち上げて、軽い足取りで去っていく。
私も、そんな彼の広い背中を追いかけて、給湯室を飛び出した。










・・・いつか


いつか私も、目の前に立ちはだかる壁を壊すことが出来たら
コムイ室長のようになれるかしら
人に、道を示せるような・・・そんな人になれるかしら




・・・いつか


そして私も、コムイ室長と同じ目線で
同じラインに立てる日が来たら・・・・・・










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04:早くおとなになりたい



( だから、もう少しだけ待っていて下さいね )

1141より



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01 一人前に恋してる 02 俺だって男なんだよ 03 こども扱いのキスはやめて

04 早くおとなになりたい 05 俺を予約してみない?