その男は、風に乗ってやってくる。








 闇夜の仕事を終えて、明け方の風と共に私の部屋を訪れる。
 漂流してきた旅人のように、少しだけ疲れた表情を覗かせて。
 被っていたシルクハットを、静かにテーブルクロスの上に置く。




 ・・・それが、始まりの合図




「 や・・・っ!嫌あ、っ!! 」


 どんなに泣いて、叫んでも。罵詈雑言を浴びせても、許しを請うたとしても。
 彼は、止めない。浅黒い身体で、覆い被さってきて。
 土足で、私の中を踏み荒らすのだ。


「 もっと良い声で啼いてくれよ、なあ 」


 そう言って、長い腕で私をねじ伏せる。
 普通の人よりは、少しだけ”力”があるはずなのに。
 イノセンスを失うと、ただの”オンナノコ”な自分が、とても情けない。
 こんなにも・・・無力、だなんて・・・。


 無節操な辱めを受けるくらいなら、死んでやる。
 刃物を取り上げられてしまった私は、口内で自殺を図ろうとする。


「 やめなよ・・・そんなことして、いいの? 」


 相変わらず、飄々とした彼が、私の耳元で囁く。
 硬直した私の髪を手繰り寄せて、そっと口付けた。


「 アイツにさ、逢いたいんだろ?いつか、此処を抜け出してさ 」








 ・・・自分の身体が、胸が、震えているのがわかった。




 団服を纏う『彼』の影が・・・一瞬、脳裏を過ぎる・・・。
 攫われた時から、覚悟を決めていたはずなのに。








 どうして、こんなにも揺れるの?どうして、彼にはバレてしまうの?








 恐る恐る見上げると、彼は漆黒の髪をかきあげながら。
 三日月形に歪めた唇から舌をチラつかせて、伝う汗を舐めた。


「 お見通しだよ。愛しい人のことなら、何でも 」
「 ・・・ティ、キ 」
「 だからさ、俺が飽きるまでは相手して。そして俺のことも・・・愛してよ 」


 飽きる日なんて、永遠に来ないかもしれないけどさ、と付け足して。
 濡れた唇が、噛み切ろうとした舌の自由を奪った。
 息苦しさに、涙が出てきたけれど・・・そんなこと、彼はお構いナシだ。










 彼は・・・ティキは、私を心底愛しているのだと、思う。
 宿敵であるエクソシストの私を攫って、誰にも触れられないよう閉じ込めて。
 外部の全てから遮断された空間に、他のノアから隠してくれている。


 そして・・・夜毎うなされる、熱病のように・・・。
 私を求め、愛し、愛してくれと懇願するのだ。






 だからこそ・・・






 だからこそ、私は堕ちる訳にはいかない。応える訳には、いかないのだ。
 私には、想う人がいて。とてもとても、その人を愛しているから。
 ・・・彼の気持ちは、痛いほどわかる。


 でも、想い人は・・・きっと、私の生還を待っていてくれている。
 その小さな希望だけが、狂気から、死から、ティキの愛から。






 心の支えとなって、私を護ってくれている。










「 いつか、絶対・・・心ごと奪ってやるからな 」




 首筋に、うなじに、背中に、胸に、腕に、咲き乱れる朱い花。
 刻印の痛みに、啼く。ティキが、満足げに微笑む。




 快楽の饗宴は、終わることをしらない・・・




























 今夜も、彼がやってくる
 私という・・・花を貪る、蝶のように


 ・・・けれ、ど・・・


 涙が枯れ果てても、叫ぶ声さえ上がらなくなっても














 胸の中の、想いだけが・・・小さな蕾となって、息づいている・・・










02: 灼熱の華


( 一目でいい。いつか、あの人に逢えたら、という泡より儚い願いが )








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