最近、避けられているような気がするのは・・・先生だけ、ですかね?
「 じゃあコレを、化学準備室までお願いします 」
「 わかりました 」
返事はいつも通りなのに、なんというか、ないんですよね。
いつもそこにあるはずの・・・君の笑顔が。
教室で使用した教材を、化学準備室まで運んでくれる、というので、
お言葉に甘えて、ついお願いしてしまったけれど。
「( やっぱり・・・お願いするんじゃ、なかったですかねー )」
・・・どうもここ最近、何かがおかしい。
教壇から見ていても、向かい合って話していても。
どこかうわの空、な彼女の様子が、気にかかって仕方ない。
僕は職員室に戻ろうとして、白衣の中で鳴ったそれを、取り出してみる。
「( ・・・しまった! )」
木の札には、黒字で”化学準備室”と書かれている。
授業前に、ちゃーんと鍵を閉めて出てきたことが災いして、
きっと今頃、彼女は化学準備室前で困っているだろう。
廊下は走ってはいけないから、出来る限りの早歩きで!!
・・・なーんて、小学生みたいなことをして( そんなこと言ってられない )
僕は、慌てて準備室へと向かった。
「 ・・・あ、若王子先生! 」
立ち尽くしていた彼女の、僕を見た時の、ほっとした表情。
いつも見せていた、自然な笑顔に、僕もほっとする。
( 久しぶりに太陽を見たような気分だ )
駆け寄った僕は、頭を下げて彼女に謝った。
「 やや、すみません。鍵を渡すのを忘れました 」
「 いえ、何だか結局先生に来てもらっちゃって・・・私も気付くべきでした 」
「 いやいや、先生が悪いんです・・・さ、これで開きました 」
がらり、と少し古くなった扉を開けて、招き入れる。
準備室に漂う、薬品の匂い。
僕は慣れてしまってけれど、彼女は躊躇ってから、お邪魔します、と入ってきた。
大きな木箱に入れた薬品を、ひとつひとつ確認しながら棚に戻す。
使い方によっては危険な薬品瓶もあるから、間違えのないようにしないと・・・。
「 先生、この薬品なんですけど・・・ 」
差し出された、茶色い瓶。
「 あ、それはココです 」
「 ・・・ひゃっ!! 」
彼女の背にある棚に手を伸ばす。
ことん、と瓶が棚に乗った音を確認してから、僕は下を見下ろす。
掲げたままの腕の下で、彼女が固まっている。頬を、桃色に染めて。
小さな悲鳴を上げたままの口の形をしている姿が、可愛らしかった。
・・・あれ、この状況・・・どこかで・・・。
「 そうだ、先週・・・ 」
「 せ、んせ・・・あ、あの・・・ 」
「 ・・・ねえ、もしかして 」
彼女の名前を呼ぶと、くぐもったような声で返事が返ってきて。
「 あのキスの後から、僕のこと、避けていませんか? 」
・・・真っ赤に染まった!
どーん!!と突き飛ばされ、僕は受身も取れず、転がる。
彼女は、足早に準備室を飛び出す。その足音も、次第に小さくなっていった。
起き上がって、白衣の汚れを払ってから、開けっ放しの扉を見つめた。
・・・・・・ああ、そうだったのか。
「 連休前の事故を、気にしていたから・・・だったんですね 」
軽く唇が触れただけの、キス。
( あれをキスと呼べるかどうかも、わからないのに )
大人びた子だから・・・君が多感期な女子高生だというのを、忘れていました。
でも、原因がわかったのだから、解決方法はきっとあるはず。
「 とにかく明日、もう一度彼女に確認してみよう 」
その結論が間違いだったと気付くのは、また明日のお話。
04:キスしたふたりの
キスのこと
( 君と僕、確かにキス、しました。ピンポンですよね? )
ユグドラシル