「 こ、たろー、さぁーんっ!! 」





 振り返って、大きく手を振る。
 すると、彼が遠くの方で小さく振り返しているのがわかった。
 それを見て私は安心して、さらに丘を下っていく。風に、背中を押されるようにして。


 夕日の綺麗な、この丘にやってくるのは、もう何回目だろう・・・。
 この場所を教えてくれたのは、小太郎さんだ。
 任務の途中に見つけた、と言っていた。
 私の待つ家へ帰るや否や、手を取って、ここに連れて来てくれた。


 季節の花々が咲き乱れる丘。何より・・・彼が教えてくれたことに、とても感動した。


「 ・・・う、わあぁ・・・ 」


 夕陽が沈んでいく。天と大地が、深紅に焦がす。
 何度見ても、溜め息しか出てこない絶景に、言葉を失って、その場に佇んでいた。


 ・・・どのくらい、そうしていただろう。


 手を振ろうと思って。小太郎さん、と呼びかけた時の笑顔が見たくて。
 その『 存在 』を確認するように、振り返った。


「 ・・・・・・・・・小太郎、さん? 」


 さっきまで居た場所に、彼の姿がなかった。
 瞬間、ざわり、と肌が粟立つ。身体中の血液が、凍ったように感じた。
 空に広がった雲の流れ、揺れる草花の隙間を縫う風の音が耳を突いて・・・。
 ひゅお、っと一際強い風が、固まった私の頬を撫でた。
 『 其処 』には風しかなくて。私は、置き去りにされた子供のように立ち尽くす。


 まるで、今、見ている『 現実 』は夢のような・・・。
( ・・・ううん、もしかして、夢だったのかな・・・ )
 伝説の忍と呼ばれた小太郎さんと、寝食を共にしているってだけで奇跡だと思ってた。








 でも、小太郎さんがいない『 現実 』なんて、イヤ。


 小太郎さんが傍にいてくれないと、もう私、呼吸も出来ない。








( ・・・れ、呼吸、って、どうす、る、んだ・・・っけ・・・? )








 息が詰まって、ひっくり返りそうになった私を支える、一本の腕。
 風に舞う赤い髪を見て、涙が浮かぶ。咳き込んだ私の背中を、ずっとずっと撫でてくれた。


「 こ・・・たろ、ひっく、さん・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」


 泣かないで、とでも言うように、額に降る口づけ。
 手を伸ばせば、彼は『 其処 』に居て。涙に濡れた私を宥めるように、ゆっくり微笑んだ。






 ああ・・・もう、ダメだ・・・私・・・。






「 ひくっ、こ・・・こたっ、こたろ、さんが・・・い、いなっ、なくっ、ぇっ、たと、思、て・・・ 」


 フルフル・・・と首を振ると、そっと私の身体を草花の中に横たわらせる。
 見上げた小太郎さんは、いつも以上に優しい手つきで、私の髪を、頬を撫でる。
 強い風が撫で上げたものを、元に戻すように・・・。
 夕陽は山の向こうへと沈み、次第に、夜の帳が降りてきているのだろう。
 断末魔に似た最期の光を浴びて。影を帯びた小太郎さんの口元が、動く。


『 ぜったいに、はなれない。いやだっていっても、もうはなれられない 』


 驚いて、涙を止めた私を見て、彼はもう一度喉を鳴らす。


 ・・・小太郎さんも、なの?小太郎さんも、私から離れられないの?
 だったら、同じだね・・・私も、とうに貴方から離れられないのだから・・・。






「 小太郎さん・・・ずっと、ずっとずっと、傍にいてください 」






 私は・・・ちゃんと笑えて言えただろうか。


 こんな醜い、どろどろとした我侭な思い、受け止めて欲しいだなんて、甘すぎるよね。
 でもね、でもね、小太郎さんだけなの。小太郎さんが、欲しいの。


















 2度目の口づけは『 甘い 』だけじゃなかった。


 涙の辛さも、ぶつけ合うだけの愛の苦さも、全部ひっくるめた・・・深い深い、口づけだった。






貴方に溺れる



04.夕刻( 風魔小太郎 )

( わがままばかり、自分勝手でごめんね、私のこと、嫌いにならないでね )
( ・・・・・・・・・・・・(なでなでなで) )
泪と砂糖水

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01.朝( 毛利元就 )02.昼( 長曾我部元親 )03.午後( 徳川家康 )
04.夕刻( 風魔小太郎 )05.夜( 石田三成 )



10.Morning( ? )