濡れた布の軋む音。水に浸した布を絞り、丁寧に身体を拭かれていく。






 冷たい手拭が身体をなぞる度に、身体に宿る熱をも拭っていった。
 いつもは心地良い熱も、今は治療の障りになる。
 指の先まで拭かれて、ようやく落ち着いた心地で吐息を吐いた時だった・・・。


「 久秀、さまっ! 」


 バタバタと床を駆ける騒がしい音に眉根を潜めていると、扉が大きく開け放たれる。
 荒い息を繰り返し、着物に覆われた肩が上下していた。
 ようやく出た声で、彼女の・・・妻の名前を呼べば、その黒い瞳の輪郭が歪んだ。


「 久秀さま、久秀さま・・・う、っく・・・ 」


 枕元に、縋りつくように。
 彼女は膝をつくと、寝ている私の身体に顔を埋めて、泣いていた。


「 久秀さま・・・久秀さま・・・ 」
「 ・・・卿の口は、いつから私の名前しか言えなくなってしまったのかね 」


 小さく震える彼女の頭に、手を置くと。
 流れる涙を拭っていた手が・・・そのまま、事もあろうか私を叩いたのだった。
 ぺちん、と音がし、周囲の者がぎょっと身体を震わせる気配がした。
 閉じた瞳をゆっくり開いて、見つめれば、怒った様子の彼女が私を睨み下ろしていた。


「 こんな時まで皮肉とは・・・悪趣味ですわ 」
「 皮肉などではないよ。何時になったら、私の欲しい言葉を言うのか、と思っただけだ 」


 ふ、と唇を持ち上げる。その飄々とした様子に呆れたのか、溜め息を吐いて、苦笑した。


「 ・・・おかえりなさいませ、久秀さま 」
「 ただいま・・・ようやく、愛する貴女の元に還れた。私は幸せだ 」
「 もう・・・そういう台詞は、もっと早く言ってくださいませ。でないと怒ります 」


 そうなのか?と目で問いかければ、当然です、と言わんばかりに頷かれる。
 苦笑するのは私の番で、涙に濡れた頬を、弱った手で拭いてやった。


「 ・・・戦で傷ついたと聞いて、とても心配しました 」
「 それはすまなかったね。仕掛けが、不意に爆発してね・・・だが、卿の心配には及ばない 」
「 そんなこと言わずに、心配くらい・・・させてください 」


 拭いていた手を取り、彼女は自分の手と合わせる。
 私の指と指の間に、細い指が絡まり、きゅ、と握った。






「 私だって、妻です。愛する夫が、心配なんです 」






 泣いていた彼女の瞳に宿る、強い光。


 ・・・年若い彼女を、私はずっと子供だと思っていたのに。
 何時の間に、こんな・・・しっかりとした瞳をする『 女性 』に、成長したのだろう。






 急に笑い出した私を、訝しげに見つめる彼女。
 からかわれたと思ったのだろう。しばらく黙っていた彼女の口が、怒鳴ろうと開いた時。
 その手を引き寄せて、自分の方へと倒した。横たわった私の上に、彼女の身体が重なる。


「 ・・・久秀さま? 」
「 礼を言おうと、思ってな・・・ありがとう、待っていてくれて、心配してくれて 」












 愛して、くれて。












 口付けた唇は、熱くて。


 冷ました熱とは、別の熱が・・・じわりと、心の隅の隅まで、浸透していくのがわかった。








01.愛



痛くて柔かくて切なくて温かくて、愛しくて

( こんな感情も、そう悪くはないものだな・・・と教えてくれたのは、彼女 )
capriccio

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01.愛( 松永久秀 )02.甘( 片倉小十郎 )03.悲( 猿飛佐助 )
04.恋( 真田幸村 )05.幸( 伊達政宗 )



10.戀( ? )