「 半兵衛さま、半兵衛さま・・・ 」






 聞き覚えのある、愛しい声が、僕を呼んでいる( 随分前に、失くしたと思っていたもの・・・ )


 ふわり、と自分の身体を取り巻く、優しい気配。
 『 彼女 』が降りたった気配に合わせて、浮いた前髪を細い指が撫でる。
 瞼の向こうにある存在を確かめるかのように・・・僕は、ゆっくりと瞳を開いた。
 瞳に差し込む、柔らかい日差し。それは決して、眩しいものじゃない。
 細い指の影が引っ込み、そっと僕の顔を覗き込む、のは・・・。


「 半兵衛さま 」
「 ・・・君は・・・・・・それじゃあ、もしかして、僕は・・・ 」


 とうとう、この世から転がり落ちた、のか。
 推察を肯定するように、彼女が頷く・・・少し、寂しそうな表情で。
 それを見た僕は、内に渦巻いた、自分の感情を処理するのに時間がかかっていたが。


 ・・・やがて、身体を起こして、彼女に向き合う。


「 ありがとう・・・君は、僕を迎えに来てくれたんだね? 」
「 はい。あの、お嫌、でしたか? 」
「 そんな訳ないだろう。君は、僕の『 最愛 』だ。いつまで経っても、ね 」


 自分の膝に置いていた彼女の手に、自分の掌を重ねた。
 彼女の頬が赤らんで、驚いていた表情が、蕩けるような笑顔に変わった。
 ( ・・・ああ、変わらない。ずっとずっと、大好きな顔、だ )


「 もしかして、君は『 あれから 』ずっと、待っていてくれたのかい? 」
「 ええ。ここなら・・・半兵衛さまを『 待って 』ててもよい、場所だったので 」
「 ・・・そうか。なら、これからどうする? 」


 と言っても、行先は『 ひとつ 』だ。
 ただ・・・数多の命を奪ってきた僕と、穢れひとつない彼女の行先は、違うのだろう。
 ( ようやく逢えたと思えたのに・・・ここでもまた、僕らは離れ離れ、か )
 俯いた僕の頬に、そっと添えられた手は、温かかった。真下に立った彼女が、綺麗に微笑む。
 そして、ずっと言えなかったけれど、言いたかった台詞があるんです、と言った。






「 半兵衛さまのお傍に、ずっと居ます・・・今度こそ『 死ぬ 』まで、ずっと 」






 身体の弱かった彼女が、今この瞬間の再会まで、我慢していた言葉。


 永遠に叶わなかったから・・・僕らは、予め、引き裂かれる運命だった、だから・・・。






 嬉しいね、と笑うつもりだったのに、笑えなかった・・・。
 目頭を押さえた僕を抱き締めて、彼女は満足そうに『 笑 』った。


「 私、今とっても幸せです。だって、これから約束通り、半兵衛さまのお傍に居られる 」
「 ・・・だめだ、僕は、僕の罪を購う 」
「 それならば、私も半分背負います。二人で背負えば、少しは軽くなるでしょう? 」
「 君にまで、迷惑をかけるわけにいかない!・・・大丈夫、僕もいずれ追いつくから 」
「 嫌です、もう・・・もう、離れたく、ありません・・・ 」


 回していた腕に力を込めて、彼女が僕にしがみついた。
 その小さな身体を・・・僕は、濡れた手で受け止める。
 額に小さく口付けを降らせて、磁石のように互いの唇をどちらともなく求めた。


「 ・・・好きだ、どんなものよりも、君が愛しい 」
「 半兵衛さま・・・私も、好き、です 」


 甘えるように擦り寄った彼女を横抱きして、僕は、立つ。
 そして、次第に近づいてくる光を、見据える。




 目指す場所はわかっている・・・僕らを呼ぶ『 声 』は、光の向こうからだ。




 ざっと踏み出した一歩。
 彼女は、もう離れない、というように首にしがみつく。
 そんな彼女に微笑んで見せると、安心させるように僕も身体を抱く腕に力を込めた。
 光の中に入れば、二人の身体が溶け、涙も意識も融合して・・・。






 やがて・・・僕らは『 ひとつ 』に、なる。永遠に、永遠に、離れることがない、よう・・・。





































 僕は・・・僕自身の『 罪 』を担う。


 けれど、願わくば・・・ひとつだけ、そんな僕の願いが叶うとしたら。






 来世でも、どうか彼女ともう一度『 恋 』が出来ますように。








10.戀



いとしいとしといふこころ

( そして今度こそ、老いて朽ちる、その日まで・・・ )
capriccio

拍手、有難うございました。貴方の拍手が、私の元気の源です。

01.愛( 松永久秀 )02.甘( 片倉小十郎 )03.悲( 猿飛佐助 )
04.恋( 真田幸村 )05.幸( 伊達政宗 )



10.戀( ? )