迂闊・・・まさか、この俺が風邪を引くとは!
「 晴久さま!寝ていてくださいと申し上げたじゃないですか! 」
洗濯籠を抱えた彼女が通りすがり、子供を叱るようにわざと声を張り上げた。
( 侍女の真似事などしなくていい、といつも言っているのに・・・ )
「 しか、し・・・ゲホッ、ゴ、ホ・・・!! 」
「 あーあーもう!ほら、お布団に戻ってくださいな 」
籠を廊下に置くと、細い手が縁側で丸めた背中を優しく摩る。
その手に縋るように、部屋の真ん中に引いてある布団まで移動した。
上手く力の入らない身体を、ゆっくりと横たわらせる。
その間も・・・先日、妻となった彼女は、慈母のような微笑みを浮かべていた。
「 どうしました?ずっと、見つめていらっしゃるので 」
「 いや・・・今回は、随分手を煩わせたな、と思って、だな・・・ 」
「 お気になさらず。旦那様の看病をするのも、妻の務めです 」
「 ・・・そうか・・・ 」
「 そうです 」
ふふっ、と彼女が嬉しそうに笑う。
そして飲み水を汲みに行ってきます、と部屋から出て行った。
そういえば・・・いつも、彼女は『 笑っている 』気がする、とふと思う。
人気のない、静かな部屋で熱に浮かされた思考が少しだけ働いた。
思い出す彼女は、いつでも笑顔だった。それは、俺に見せている顔が全て、ということになる。
たまには泣いていたり、悩んでいる表情もあるだろうに、なぜ俺は思い出さないのだろう。
「 ( ・・・・・・なぜ ) 」
思い悩んでいる間、少し転寝をしてしまったらしい。
次に目を開くと、いつの間にか戻ってきた彼女が、そっと額に布を置いた時だった。
「 ・・・あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたね 」
そう言って、申し訳なさそうに、笑う。
「 ・・・どうして・・・ 」
「 え? 」
「 どうして、お前は・・・いつも、微笑んでいるんだ? 」
平常時ならこんなこと尋ねはしないだろう。
彼女がそうやって『 笑う 』から・・・つい甘えて、聞いてみたくなったのだ。
すると彼女は照れくさそうに、幸せだからです、と答えた。
「 晴久さまのお世話が出来て、お傍にいられて、幸せだから・・・ですよ 」
それを聞いた俺も、多分微笑んだのだろう。
胸が温かくなってじわりと沸いてくるもののせいで、視界が潤んだ。
これもきっと、熱のせい。けれど・・・嬉しかったんだ、俺は。
「 ・・・そうか・・・ 」
「 そうです 」
やっぱり嬉しそうに笑った彼女は、さ、もう少し寝ていてくださいな、と布団を直した。
額に乗せた布が、ひんやりとしていて心地が良い。熱を吸い取る間、俺もしばし休むとしよう。
これ以上身体を悪くして、彼女の顔を曇らせることがないように。
俺の前で泣いたり、悩んでる顔を見せないのが彼女の、妻としての努めなら。
彼女が泣かないように、悩まないように、後ろ盾してやることこそ、夫たる俺の努めだろうから。
俺が目を瞑るのと同時に、彼女が立ち去る気配。
彼女と入れ替わりでやってきた睡魔の足音に、俺は静かに耳を済ませた・・・。
幸福とは何ぞや
( 尼子晴久の場合 )
拍手、有難うございました。貴方の拍手が、私の元気の源です。
01.松永久秀 02.尼子晴久 03.真田幸村( &佐助 )
04.風魔小太郎 05.片倉小十郎
・
・
・
10.?( secret )
|