『 小太郎 』
そう彼女が俺を呼ぶ『 音 』が、至極好きだった。
迦陵頻伽(かりょうびんが)の声よろしく、極上の鈴の音色を聞いているようで。
普段、何事にも揺るがぬよう鍛えられてきたこの心が、彼女の声にだけ反応する。
否、彼女の全てに・・・自分の心が惹かれているのだ。
その日は、草木も眠る丑三つ時。
場内では水音ひとつしない夜だった。他の草の気配などかけらもなく、静謐な城と化していた。
忍が熟睡するというようなことはないが、今夜ばかりは城内の忍も少ない配置だった。
肩の力をほんの少しだけ抜こうとした瞬間。
りぃぃいん・・・・・・っ
心に波紋を起こす鈴の音が鳴る。
仲間がはっと顔を上げた時には、俺の姿はその場から消えていた。
畳に脚を下ろすが、当然音もなく着地する。
部屋の中心に広げられた布団にそっと忍び寄ると、うずくまったその存在を確認する。
「 ・・・・・・・・( よく、眠ってる ) 」
蝶よ華よと育てられた姫だが、それでも彼女は俺の希望だった。
無垢な寝顔は、彼女の実年齢よりも若く見える。
真白い肌に少しだけ上気した頬が、あどけなさをかもし出している。
主の無事な姿を確認して、ほっと胸を撫でおろした・・・だが。
なぜ、自分は『 呼ばれた 』のだろう。
彼女はこうして安らかな眠りについている。俺を呼ぶことなど、ありはしないのに。
空耳だろうか・・・いや、確実に鈴の音が脳内に響いたのを覚えている。
「 ん、にゃ・・・こた、ろ・・・ 」
唱えられた名前に、反射的に身体が反応する。
ばっと勢い良く振り向くと、布団がもぞもぞと動く。
・・・が、寝返りを打っただけのようだ。起きた気配はない。
むにゃむにゃと小さな歯軋りの音がして、また規則正しい寝息が聞こえてきた。
「 ( ・・・もしや、 ) 」
寝言、だったのか?ということは・・・だ。
行き着いた自分の思考に、かっと頬が羞恥で染まる。
( といっても、誰にも知られることはないと思うけれど )
柄にもなく動揺した俺は、きょろきょろと周囲を見渡して・・・再度、彼女を覗き込む。
・・・この、どうしようもなく幸せそうな眠りの果てに、自分がいるのだろうか。
俺がそこにいることで、彼女はこんなにも笑っていてくれるのか。
夢の中で招待してくれるほど、彼女は、俺を・・・。
考えるだけで、顔が熱い。こんな感情、何て呼べばいいんだろう。
嬉しくて、恥ずかしい・・・でもやっぱり、嬉しい。それも心底。
布団の傍に膝をつく。はみ出した白い手を、そっと閉まってやった。
「 ( おやすみ、なさいませ ) 」
消える間際、心の中で呟いた挨拶に答えるように。
彼女の唇が・・・そっと持ち上がった気がした。
幸福とは何ぞや
( 風魔小太郎の場合 )
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