吐息が白い。なんてことは、この土地では日常茶飯事だ。
だから気になることなんてない。そうでなくても、ここは白銀の世界だ。
だけど・・・ひとつだけ、今、気になるものがある。
「 はぁ、はっ・・・ねえ梵、もう小十郎、来ないよ? 」
林檎色の頬をした、一人の少女。
俺の遊び相手として女童として、城に上がってきた幼馴染だ。
「 ・・・そ、そうか? 」
「 うん、ちょっと休憩・・・疲れ、ちゃ、った・・・ 」
「 ああ、すまん 」
ぷるぷる、と首を横に振って、繋いでいた右手が離れた。
汗ばむくらい熱くなっていた掌がなくなり、急に俺の手は冷たくなっていく。
彼女は雪の上に輿を下ろし、大きく肩で息をしている。
その背中を触れると熱はそこに在って、掌から伝わることで俺は安心する。
「 ふふ、梵、ありがとうね。もう大丈夫だよ 」
苦しいのをやわらげてくれている、と思ったのか御礼を言われた。
・・・俺は、そんな優しい男なんかじゃ、ない。
自分のためにやっただけ。お前に・・・触れていたいって、思ったから。
ずきり、と痛む胸を押さえて、今度は俺が首を横に振った。
それを見た彼女が少しだけ笑って、溜め息混じりに呟いた。
「 梵とも・・・あと、何度こうやって遊べるんだろ・・・ 」
「 え!? 」
「 春からね、私、行儀見習いで城を離れるの 」
絶句した俺なんか見もせずに、彼女は空を仰ぐ。
「 ど、どこへ行くのだ!? 」
「 さあて、どこだったかなあ・・・忘れちゃった、えへへ 」
「 忘れただと!?自分の身に起こることなのに!? 」
「 ぼ・・・梵、どうしたの?急に怒り出して・・・ 」
胸の中が、苦しい。苦しくて、痛くて、言葉にすることが出来ない。
あまりにはがゆく、もどかしくて・・・痛みは涙に変わる。
ぼろりと大通の涙が頬を伝うと、今まで以上に彼女はぎょっとした表情をした。
「 ど、どこか痛むの!?大丈夫!? 」
「 痛い・・・い、た・・・ 」
「 どこ怪我したのっ?な・・・泣かないでよ、梵に泣かれたら、私、私・・・っく! 」
うわぁぁー・・・ん・・・!!
二人の泣き声が、木々の間を走り抜けた。
・・・せっかく小十郎から逃げ切れたのに、これでは居場所が知られてしまう。
でも今はそんなことどうでもよかった。ただ悲しかった。
これから彼女が・・・自分から離れて行ってしまうことだけが。
ひとしきり泣いて、鼻をすすっていると。彼女が涙に濡れた両手で、俺の手を握った。
「 絶対、私帰って来るから!梵の傍にいるために、梵の役に立つ人に、なるからね! 」
「 いやだ。俺は今、お前に・・・傍にいて欲しいと思うのに 」
「 梵、大好きだよ。だから私は、いつでも梵を思ってる 」
握っていた手を、俺の手ごと自分の胸に当てる。
どくん、と波打つ彼女の心臓・・・ここに『 俺を思う気持ち 』があるのだとしたら。
「 ・・・わかった。だが、お前は俺のものだ。
お前の瞳が・・・もう一度、俺の前に姿を現す、その日まで 」
今度は俺がその手を引っ張り、自分のほうへと彼女を抱き寄せる。
・・・独り占めしたい。ずっとずっと一緒にいたい。
だけど、俺のわがままで彼女を縛るなんて、なんせんす、だろ?ゆーしー??
それから彼女は旅立ち、俺が伊達家当主になった後に戻ってきた。
戻るや否や、縛るつもりはなかった彼女の人生を・・・大いに縛る、決断を下す。
俺としたことが、随分とナンセンスな・・・そうだろ、小十郎?
だが、それとこれは別モノだ。
あの日の想いが『 初恋 』だと気づいた俺は、仙台藩主でも、覇者を目指す者でもなく。
惚れた女の前では・・・唯の一人の『 男 』に過ぎないのだから。
幸福とは何ぞや
( 伊達政宗の場合 )
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