コツコツ。






 小さなノックの音。私はテーブルから視線を上げる。
 はーいと応えれば、扉がそっと開いた。


「 こんにちは、リナリー!お招きありがとう!! 」
「 お、お、お邪魔、しますっ 」


 現れたのは、にこやかな顔をしたと緊張した面持ちのミランダ。
 対照的な二人の姿に、私は思わずクスリと笑った。


「 いらっしゃい!どうぞどうぞ 」
「 あ、リナリー、これ。教団の裏から調達して参りました 」


 から手渡された野の花束は、小さな紫色の花びらを鈴なりにつけている。
 優しい匂いに、少しだけうっとりする。
 すると、ピピピ・・・と、どこかでタイマーが鳴った。
 私はハっとして、テーブルに駆け寄る。
 タイマーのアラームを止めて、生けていた花の隣に、のプレゼントを挿す。


「 ・・・なんかてんこ盛りになっちゃったね、花瓶 」
「 いいわよ、少ないより多いほうが断然いいじゃない 」
「 そそ、そうね!豪勢なカンジが、するわっ 」
「 ミランダってば、ナイスフォロー!! 」


 私たちはクスクスと笑って、席についた。
 真っ白なテーブルクロスと、おそろいのナフキン。
 丁寧にプレスされたそれは、ヴィクトリアンレースで縁取りされた豪華なものだ。
 その上に光るのは、絢爛な装飾が施された銀のスプーンとフォーク。
 そして、私の前には人数分のティーカップが用意されている。
 これもマイセンの特級品。ジェリーさんにお願いして、この時間の為に借りてきた。


「 ミランダは紅茶でいいのかしら?? 」
「 え、ええ、お願いします 」
「 はー・・・ 」
「 珈琲っ!ミルクと砂糖は、こんもりたっぷりでお願いします 」
「 多めにするなら、カフェオレにすれば? 」
「 いいの、珈琲がいいの 」
「 ハイハイ 」


 ・・・そう言うと思った。長い付き合いの、勘ってヤツかしら。
 ポットを2つ用意しておいて、大正解だったわ。
 私とミランダのカップには紅茶を。には珈琲を。


 コポコポコポ・・・


 小さな泡の音が、静かな部屋に木霊した。
 カップに注がれていく珈琲に、三人の視線が集まる。
 私はそれを、の前にそっと差し出した。


「 さて、と・・・では、どうぞ。お二方 」
「 うん!リナリー、ご馳走になります 」
「 い、いた、いただきます 」


 二人はカップを持つと、唇に近づけた。一息置いて『 美味しい 』の声が上がる。
 よかった、と微笑むと、が当然!とばかりに微笑んだ。


「 リナリーの淹れる珈琲は世界イチ!みんな、そう言ってるよ 」


 お世辞じゃなくて真実だもん。そう付け足して、はお菓子へと手を伸ばす。


「 私・・・リナリーの珈琲、飲むと、ほっとするの 」
「 え?? 」
「 あ、私も、そ、その気持ち、わかるわっ 」
「 ミランダ・・・ 」
「 教団に、ホームに帰ってきたなぁ・・・って 」


 たくさんの戦場を。AKUMAとの死線を乗り越えて。
 今日も、帰ってこれた。今日まで、生きてこれた。
 リナリーの珈琲を飲むと、私、すごく、そのことを実感するんだ。
 ・・・いるかわからない神様に、『 ありがと 』って言いたくなるくらい。


「 ・・・・・・ 」


 そう言って、俯いたの頬を伝うもの。雫が、カップを持つ手を濡らした。
 私は立ち上がって、彼女の隣に膝をついた。ミランダも、オロオロと近寄ってきた。
 握り締めたカップから、彼女の指を解いてやる。
 すると、そのままが、私の手を握り締めた。


「 リ、ナリー・・・わた、私・・・また、帰って来れる・・・かな・・・っ 」
「  」
「 明日、からの・・・ひ、くっ・・・任務・・・キ、ケンだ、って・・・ 」


 コムイ兄さんが言ってた。
 他の人には難しい任務を、ちゃんに振ってしまった、と。
 危険度の高い任務だ。ベテランのだって、不安になるに決まってる。
 嗚咽し出した彼女の背中に手を回して、私はそっと抱き締める。


「 大丈夫よ、。きっと、貴女なら任務をこなして、帰って来れる 」


 気休めなんかじゃない。本心だもの。私はこの娘の、本当の実力を知っている。
 隣のミランダが大きく頷くと、周囲に涙が飛んだ。


「 だ、だ、大丈夫よォっ!!ちゃん!! 」
「 ね?ミランダも、そう言ってるじゃない 」
「 ・・・リ・・・ナリー・・・ミラ、ンダ・・・ 」
「 貴女が帰って来たら、また珈琲入れるわ。ミルクと砂糖たっぷりの 」




 そう言うと、が少しだけ顔を上げて。
 クシャクシャになった顔で、思いっきり微笑んだから。


 ・・・見ている私まで、泣きそうになってしまった。












 だから、ノックして


 教団に帰って来たら、私の部屋の扉を叩いてみて
 熱々のお湯と、厳選したお茶と珈琲と、美麗な食器を揃えておくから
 また・・・こうしてみんなで、お茶をしましょう












 血塗られた戦場を後にしながら




 いつだって・・・そんな幸福な未来に思いを馳せている












コーヒーにはミルクと砂糖



( 珈琲と、いつもの日常と、貴方と過ごす優しい時間を )






Title:"31D"
Material:"Abundant Shine"