丘の上に佇む、彼の姿。




白の世界に、紅髪と団服の裾がなびいている。
3色のコントラストが、とても綺麗で。


・・・このまま、気づかなければ良いのに。


「 ! 」


ささやかな願いは叶わず、彼は私を見つけてくれた。
( それはそれで、とても光栄なことだと思った )
私はその声に、手を振り返す。
ザザ・・・と丘を駆け下りた彼の頬や服に、白い雪が付着していた。


「 お待たせ。遅くなっちゃってゴメンね 」
「 ダイジョーブ!予定よりも全然早い時間さ!! 」


前髪についた雪を払ってあげると、もっともっと!と体勢を低くする。
まるで子供みたいで、堪えきれずに笑うと、ラビもニカッと微笑った。


「 行こうか 」


彼は私を促し、二人並んで話しながら雪道を歩く。


・・・話題は、とても些細なことだった。
先日出かけた任務の話や、教団の仲間のこと。
出逢った人々のこと、それから街で見たもの、聞いたこと。
ラビも私も、身振り手振りを交えて、大袈裟なジェスチャーをしながら話す。
お腹を抱えて笑う姿は、傍から見ればきっと道化だろう。
( 話の内容なんて、本当は関係なかったのだから )


「 寒いな 」


ラビが呟いた。
淡い色のマフラーに、首を竦める。
今にも歯がガチガチと鳴りそうな彼を見上げて、


「 寒いね 」


と、言った。
ああ、と答えた唇から、白い吐息が漏れた。
水蒸気は半透明になり、やがて消えた。


綺麗、と見惚れていたその時。
コツン・・・と触れた小指と小指。
一瞬の熱。
燃えてしまうかと・・・想った。
反射的に避けようとした。けれど、身体は動かなかった。
その熱さごと、受け入れんばかりに。


・・・・・・ぎゅ、っ


熱は身体中を駆け巡ったのに、ラビの手は震えていた。
気づくのに時間がかかったのは、同時に私の手も震えていたから。










刻々と迫る、その『場所』に。
辿り着くのが・・・・・・とても、怖かった。
道化を『演じて』いれば、少しだけ気持ちが軽くなったのに。
『二人』ならば、その畏怖にも耐えられると思ったのに。










「 着いた 」


正確には、『着いてしまった』なのだろうか。
私もラビも、その顔に微笑みの欠片もなく、一面に広がる湖を眺めた。
静謐(せいひつ)な湖面のキャンパスは、冬空を一層寒々しく映している。
此処は鳥のさえずりも、魚の躍動も、木々の呼吸すら聞こえない。


「 ・・・久しぶり。逢いに、来たよ 」


左手に持っていた、鮮やかに花開くブーケ。
私は水辺にしゃがんで、小さなキスを添えた。
バンダナを首元まで下ろしたラビも、隣に腰を下ろす。
二人でそっと・・・ブーケを水に浸した。
水面をクルクルと踊るように流れたブーケは、輪を描いて滑っていく。
そして、静かに、静かに・・・音もなく深淵へと、その身を沈める。


・・・彼女の・・・・・・元へと・・・


「 今年の冬も、とっても寒いよ。『あの日』のように 」






数年前の・・・今日と同じように、寒い、寒い冬の『ある日』。
本部に所属するエクソシストが一人、殉職した。


教団近くに、偶然現れたAKUMAを退治しようと、単身で群れに向かった。
任務から生還したばかりで、疲れきったエクソシストに、
AKUMAの大群を一人で相手にすることなど、出来るはずもなく。
全てを道連れに・・・その身ごと、湖へと沈めた。
( だから此処には、彼女以外に救済された魂たちも眠っている )






殉職したエクソシストは、私の親友であり・・・ラビの、恋人だった・・・






「 長い間、逢いに来れなくて悪かったな。随分と時間がかかっちまったさ 」


隣のラビが、苦笑いする。


「 でも・・・やっと・・・逢いに来れる、勇気が出たんさ 」


そう言って、湖面を見つめる瞳は、とても澄んでいた。
・・・私は、胸がちくりと痛んだ。
自分がとても醜い生き物のような気がして、彼から視線を外す。
ラビは、湖に向かって頭を下げた。紅い髪が、さらりと零れる。


「 ・・・ごめんな 」


どんな時も護ってやるって、俺、誓ってたのに。
彼女を失ったラビが、泣き叫んでいた約束。


私は、黙祷を捧げるラビへと視線を戻す。
・・・彼が、瞼の奥の彼女に逢っている隙に。
湖へ、ではなく、彼に向かって囁いた。


「 ごめんなさい 」


そして、水底の親友に向かって、同じように謝った。


「 ごめんね 」








ボロボロになった私と彼が立ち直るには、長い時間が必要だった


そして、もう一度歩き始めるために、誰かの支えが要ることを知った








ごめんね


好きになってしまって、ごめんなさい


亡き友の恋人に想いを寄せるなんて、私はどこまで愚かな人間だろう








けれど・・・


咲こうとする、華の命を絶つことが出来なくて








自分の想いに、正直になることを














どうか・・・・・・赦して














ヒュ、ォ・・・ッ


吹き抜けた一陣の風が、二人の髪を撫で上げた。
見上げた空から、ふわりと舞い落ちるのは・・・。


「 道理で、冷えるハズさ 」


祈り終えたラビが、ぎょっとしたように私を見た。


「 ・・・泣いているんさ? 」


まるで、彼女のメッセージのような気がして。
天国から溢れた『優しさ』に、私は瞳を閉じた。
熱くなった目頭を、彼の暖かい指が撫でる。


「 大丈夫よ 」


心配そうな顔のラビに、微笑んで見せる。
そうか、とラビはゆっくり団服を翻す。私もそれに倣(なら)った。
過去の足跡を辿ろうとして・・・一度だけ、彼は振り返る。


「 ・・・ラビ 」
「 ん・・・何でも、ないんさ 」


そして新雪の積もった、真っさらな雪の上を歩き出す。
急な方向転換に、雪を掻き分け、慌てて追いつこうとする私の姿を見て
いつものようにニカっと笑った。


「 寒いな 」


追いついた私の手を、ためらうことなく引き寄せる。
思いがけず彼の懐に辿りついた私は、やっぱりその手をぎゅっと握り返した。


「 寒いね 」


真っ白な吐息が、お互いの視界を曇らせるくらい、私たちは微笑った。










・・・霧が晴れた、その時


目の前に現れたラビが、迷いの無い、清々しい顔をしていて






私は、改めて・・・・・・彼を好きだと










愛していると、思った










その華の色はわからないけれど




どうか、この世で最も












美しい色に染まりますように















吐息より白い愛








( もうこの心 ぜんぶあなたのもの あなただけのもの )




Material:"シシュ"
Title:"ラストレターの燃えた日"