鈍い音がして


 自分が叩きつけられたのは、常日頃から
 硬そうだなーと思っていた煉瓦造りの壁だとわかった
 泣き喚きながら、罵詈荘厳を浴びせる彼女を
 アタシは、とても哀れだと思った


 錯乱した彼女を宥めながら、王宮へと戻っていく
 同じ侍女仲間が、私へと駆け寄り


「上手く言い訳しておくから、少し休んでからおいでよ」


 そっと耳打ちすると、小走りに駆けていった・・・













「・・・・・・はぁ・・・・・・」


 ごろーん、と大の字に寝転ぶ ( はしたないけれど )
 王宮に数ある庭園の中でも、特に不人気な花園だったけれど
 アタシは香りのよい花の多いココが、とても好きだ




 ずっとずっと・・・
 この花園にこうして寝転んで、香りに埋もれてみたかったんだぁ




 見上げれば青く青く、どこまでも続いていく空
 浮かんでいた雲が、左の方向へと流れて行った
 花の匂い。緑の匂い
 楽園と見まがう程の美しさに囲まれて、私もその一部となる


 ・・・綺麗
 世界はこんなにも美しいのに、アタシの心だけが晴れない
 絶えず変化のある景色に置いていかれたような気持ち
 自然と涙が伝う。髪の隙間を縫い、耳元へと流れていった
 アタシは拭わず、ただ、ただ、深い空色に心奪われる・・・


「不良騎士、参上ー!!」
「ひぃ!」


 気配の”ケ”の字も感じさせずに、背後で上がった声
 目の前にぶらーんと、束ねた金色の房が降ってきた
 驚きに身体を強張らせることしか出来ないアタシの視界を塞ぐ
 邪気の( カケラも感じさせ )ない微笑み


「カ、イル・・・様」
「やあ、


 呑気に片手を上げて挨拶をしてきたのは
 女王陛下直属の騎士団に籍を置く、若き女王騎士
 独特の剣技と甘いマスクで、男も女も魅了する






 そして、アタシの・・・
 お世話をさせて頂いている、ご主人様、である
 ( いえ、王宮に雇用されている身ですけれど )






「こんな良い天気なのに、外に出ないなんてもったいないよね
 ってなワケで、サボっちゃったー♪」
「・・・・・・仕事に戻りますので、失礼いたします」


 ただでさえ、日頃から煩いご主人様の相手をする気分でもなく
 今のアタシには、そんな余裕もなかった
 立ち上がろうと身体を起こす・・・が、
 長い時間に陽を浴びていたからなのか
 横転した時のの衝撃が残っているのか、強い眩暈に襲われる


「危ない!」


 倒れようとした瞬間、黒い団服に包まれた腕に支えれる
 ・・・やっぱり、この人ってば、騎士様なんだ
 細面な顔に似合わず、ひきしまった筋肉だ、だなんて
 クラクラしているハズなのに、どこかで冷静な考えが働いた


「駄目だよ。あんなに頭を強く打っているのに、急に動いたら」
「・・・見ていたんですか?」
「・・・・・・( あちゃー )」
「見ていたんですね?」
「・・・はあ、スミマセン」


 気分が悪いくせに、アタシの強気な発言を受けて
 彼は観念したように、吐息をつく
 アタシの身体をお姫様のように抱えて、元の場所に腰を下ろした


「や、やめて下さい!人に見られたら・・・っ」
「誰も来やしないって。だからあんな争い、していたんでしょ?」
「始終ご存知なんですね。さすがは女王騎士様ですこと」
「・・・・・・いやー、偶然だ、よ?」
「偶然でココに迷い込む女王騎士がどこにいるんですか!」


 自分のことを指差そうとした手を、ぺしり!と小気味よく叩いた
 照れつつ、彼は口の端に苦笑を浮かべた


「いやー・・・でも飛び出せないっしょ?あんな告白されたら」






『アンタみたいな女が・・・っ
 何で・・・何でカイル様付きの侍女なのよォ!?』






 瞳に宿っていたのは、激しい嫉妬と羨望
 ・・・そして、激しいほどの恋心




 ・・・どうして?


 どうして、叶わぬ恋に落ちるの?
 どうしたら、そんな風にひとりの男性を好きになれるの?




「あそこで俺が庇ったら、の立場が悪くなるだけだよ」
「・・・わかって、います」


 そんなコトになれば、もうこの王宮にはいられない
 ため息交じりのアタシの頬に、彼はそっと指を走らせる
 指の上には、止まったはずの涙の粒


「・・・ごめんねー」
「あ、やまらないで・・・下さい。カイル様のせいじゃ、ありません」
「でも、に辛い想いさせちゃったから」


 私の視線が自分に向いているのを確認してから、
 ぺろり、と指の上の雫を舐めてみせた


 ・・・その・・・とんでもないっ行動に!!!
 アタシは顔から炎が出るかと思った!!
( 火が出る、とかいうレベルじゃない! )






「せめて、涙くらいは拭わせて、ね」






 ご主人様の垂れ目が、笑えば更に下降するのを見届けて
 ・・・怒ればいいのか、笑い飛ばせばいいのかわからず
 顔を赤くして、口をパクパクさせることしか出来なかった


「やっぱりは可愛いなーっ♪」


 と、彼がからかう声も耳に入らない
 ひとしきり照れた後に・・・堰を切ったように涙が零れた











 これは、さっき流せなかった分の、涙


 痛みに、怒りに、悔しさに
 傷ついた心も、彼の想いに触れて・・・次第に解れていく






 ・・・ああ
 今だけ、思い切り泣いてもいいかなぁ・・・







 ご主人様のの言う通り、
 空は心が洗われるほど気持ちのいい晴天
 アタシの髪を梳く手は、ひたすら優しく
 それに甘えるように、アタシは声を上げて泣いた
 顔を埋めた胸が、とてもとても温かかった








 流した想いは、広い広い花園の・・・




 澄んだ空気に・・・・・・溶けていった・・・・・・















Cry More Cry








( ・・・からかってなんか、いないんだけどねー )







Material:"SANCTUS"