今年の桜も、そろそろ見納めだ。






 はらはらと舞い落ちる花びらを杯で受け止めて、そのまま一気に喉の奥へと押し込む。
 通り過ぎても酒の持つ熱だけは飲み込めなくて、口内が燃えた。
 その熱をかみ締めるように、ぐっと口を閉じてから、空へと開放する。


「 いい呑みっぷりだなぁ、! 」


 浮いた足元にいたのは、幼馴染の風来坊だ。
 よっ、と掛け声と共に、巨体を風に乗せたかのように華麗に翻す。
 私の座る桜の枝まで登ると、そこから見える景色に、おおっ!すげぇなー!と声を上げた。
 肩にいた彼の相棒が、私の肩へと飛び移って、頬擦りを交わす。
 うっとりする程、気持ちいい毛並みなのは、相変わらずだ。


 樹齢四百年と言われるこの桜は、根元でお花見するのにも、
 天辺まで登ってお花見するのにも、この辺りじゃ最適な場所だ。
 私は決まって、天辺に登る方を選択している。もう、毎年の恒例行事。




 そして、慶次がこの季節・・・私を訪ねてくることも。




「 久しぶりね、慶次。今度はどこへ行って来たの? 」
「 奥州だ。独眼竜と呼ばれる伊達政宗公に逢って来たよ、いやー楽しかった! 」


 どんな大物と逢っても、臆することなく対面できるこのオトコの度胸には、
 驚きや呆れを通り越して・・・尊敬に値する。
 ( まつ様がこのコトを知ったら、怒り出すんじゃないかな )
 そんな彼だから、みんなに慕われ、愛されるのだと思うけれど・・・。


「 奥州は、どんな所だった? 」
「 行った季節が、雪の溶ける前だったのもあって、外は雪だらけさ。
  でも平野がとても安定していたし、城下のヒトも寒さにも負けない、いい輩ばかりだったよ 」
「 そう・・・いいなぁ、私もいつか行って見たいな 」
「 今度は行こうぜ、!俺が連れてってやるよ!! 」


 嬉しそうに足元をバタつかせたせいで、ギシギシと音を立てた枝から花びらが舞い落ちる。
 キキッ、と夢吉が鳴き、根元まで降りて花びらを捕まえようと真剣だ。
 そんな夢吉を見て、クスクスと笑っていると・・・ふと、慶次に顔を覗き込まれていることに、気づく。


 大きくて、純粋で、吸い込まれそうなその瞳から目を逸らそうとすると、彼の手が私の顎を掴んだ。
 ぐっと引き寄せられると、慶次の瞳に・・・真っ赤な顔をした私が、映っている・・・。
 瞳を潤ませて、頬を染めて。私、慶次の前でこんな表情、してるの?
 ( ・・・本当はもう、彼も気づいているのかもしれない )


「 は・・・本当に、綺麗になったな。幼さが抜けて、艶っぽくなった 」
「 ほ、ホント? 」
「 ああ、長い間お前の傍にいる俺が言うんだから、間違いない! 」






 ・・・いない、くせに。傍になんか、いてくれないくせに。
 長い間、って、そのままの意味じゃない。小さい頃からお互いを『 知って 』いるだけ。


 私は、隣に立っていた慶次だけを見つめて育ったのに。
 慶次は自分の脚で歩いて、愛しい人を見つけてしまった。
 ( そんなところも彼らしくて、また想いが募る )
 その人にたどり着く前に、目の前から消えてしまっても・・・彼は歩みを止めない。
 彼の背中を見つめているだけの私は・・・未だに、その場所から動けない。






 ふい、と顔を背けると、慶次の手はあっさりと私の顔を放す。
 不機嫌を察してか、彼はもう何も言わずに私の傍にあった杯に並々と酒を浮かべて、飲み始めた。
 その様子を横目で見ながら・・・問いたい気持ちに、駆られる。




「 ・・・慶次、この世界は、広い? 」
「 ああ。でもまだまだ、行ったことのない土地も、逢ったことのない人もいるんだ、だから・・・ 」




 だから、俺は諦めないよ。世界の果てまで、行けたとしても。




 隠された言葉は、心の中でしか交わさない。
 そっか・・・と呟いて、慶次の杯に私から徳利を傾けた。慶次はちょっと驚いてから、微笑む。
 今度は飲んだ杯を私の手に握らせて、彼が徳利を取って酒を注いだ。
 飲み干すときに仰いだ空の青さが、目に、沁みる。


 ・・・これじゃあ、三々九度というより、兄妹固めの杯みたいだ。


 笑うつもりだったのに、涙が一粒・・・音もなく杯の中に溶けた。
 気を遣ってか、慶次は目の前に景色から視線を外さなかった。
 その隙に、私はこっそり袖を目頭に当てる。












 いつか、慶次の逢いたいヒトに、逢えますように


 そして・・・私も彼も、永遠とも思える時間、拘束された連鎖から解き放たれますように
 彼の『 支え 』になれない私には、そう願うことしか・・・できないけれど












 肩に戻ってきた夢吉がキ!と一声鳴いて、もう一度みんなで舞い散る桜を眺めた。
 すべての花びらが舞い落ちれば、慶次と夢吉は、また旅立ってしまうだろう。


 どうか、それまでは・・・一秒でも長く、彼の傍にいられますように。








 ( それが、わたしのほんとうのねがい・・・だったんだ )








どれだけの運命を超えれば



きみと一緒にいられますか


( わたしのなかはあなたでいっぱいなのに、あなたのなかにわたしはいない )




Title:"群青三メートル手前"
Material:"七ツ森"