この部屋から見える景色は、うちの道場の中で一番だ。
ここを、明日から増える『 家族 』にあてがうということは、
大将がその人を、とても大切に想っている・・・と言うことだ。
「 うーん、こんなモンかな 」
同じ色調で統一された勉強机とベッドと、小さなタンスと・・・。
必要最低限な家具かもしれないが、その人が望めば、その都度増やしていけばいいと思っている。
・・・やって来るのは女の子、だもんな。
もしかしたら、部屋がピンクに染まるかもしれない。ファンシーなクッションとかソファとか、
置いたほうが良かったかな。とりあえず俺様が用意した家具だって、彼女が嫌がれば替えたっていい。
長い間、男所帯だった武田道場に、季節外れの春風が吹き込むのだ。
「 旦那の慌てふためく姿が、想像できて・・・笑える 」
ただでさえ、女嫌いな( というか、苦手なのだろう )主と、一つ屋根の下に
肉親でもない少女が住むのだ。苦手じゃない俺だって、そんな物語のようなシチュエーションに
ドキドキしてる。旦那と年が近いというし、これは『 苦手 』を克服するチャンス・・・に、
なるのだろうか。
そんなコトを考えていた時だった。階下から誰かが上がってくる気配がして、振り向く。しばらくして、
大きな身体を揺すってやってきたのは、大将だった。完成した俺様製モデルルームを見て、おお・・・と
感嘆の声を漏らす。
「 さすがよのう、見事だ 」
「 お褒めに預かり光栄至極。お姫さんも、気に入ってくれるといいんですけど 」
「 うむ・・・のう、佐助よ。明日から引き取るという娘、だがな・・・ 」
「 ・・・・・・? 」
「 少々、いや、かなり・・・人間不信な部分があるやもしれぬ 」
「 人間不信、ですか 」
「 幸村はともかく、お主には話しておこうと思っての 」
大将はベッドの縁に腰を下ろす。長い話なのかもしれない。俺も、真新しい絨毯の上に正座して、
次の言葉を待った。彼は顎の髭を2、3度撫で付けてから、口を開く。
「 ・・・少し前のことになるが、武田一族の会合に参加したのを覚えておるか? 」
「 3ヶ月くらい前ですよね。大将が渋い顔で帰ってきた日、でしょ 」
「 うむ。それは彼女のコトを、その集まりで初めて聞いたから・・・なのだ 」
、という少女の父親と、大将は遠戚に当たる関係で。
道場に何回か顔を出して、指導を仰いでいたが、結婚してからは自然と足が遠のいていたという。
そんな彼が、突然事故で亡くなったのは聞いていたが・・・彼の娘がどうなったのかは、
誰に聞いてもわからなかった。
「 今まであまりそういう話は上がらなかったが、酒の席で零した者がおっての。
それを頼りに調べて・・・つい先日、彼女の消息と様子がわかったのだ 」
大将はそう言って・・・顔を、曇らす。
珍しく沈痛な表情を浮かべたので、俺様まで怪訝な顔つきになった。
「 報告書には、身体の至る処に痣があり、それが学校で噂になっているらしい 」
「 ・・・痣? 」
「 虐待だ。身元を預かった者たちによる、な。道理で話が浮上しないワケだ 」
怒りを静かに湛えて、拳をぐっと握り締めた。曲がったことが大嫌いな大将には、
身内といえども己の罪を隠蔽しようとした者が、酷く赦せないらしい
( また・・・一度は気にかけたのに、なかなか探せなかった自分のことも・・・ )
浮いた血管を抑えるように額に手を当てて、ふー・・・と息を吐いて後、天井を仰いだ。
「 それで、彼女を引き取ろうと考えたワケですか 」
「 うむ。連絡をすると、明日にでもこちらに来させる、と言うのでの。
彼らには、後日・・・武田家当主たるわしが、きつく灸を据えておく。
幸村やお主には、突然のことで迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む 」
「 御意・・・しかし、旦那には刺激が強すぎませんかねえ 」
「 む、何故じゃ? 」
「 旦那の女性不信は、半端じゃないから 」
「 まあ、これも鍛錬・・・というより、幸村にとって人生勉強のひとつになるだろう 」
呵呵と笑うと、大将は俺様と目を合わせる。自然と、背筋が伸びた。
「 は、心に大きな傷を負っておる。それは一日、二日では治癒しないだろう 」
「 ・・・大将・・・ 」
「 だが、治らぬ傷はない。時間が解決し、いつか風化するだろう。
佐助・・・そなたには、幸村の成長と共に彼女のことも見守って欲しい 」
「 っは! 」
頭を下げると、うむ、と頷く気配がした。そして立ち上がり、鍛錬している幸村の様子を見てくるとするかの・・・
と呟いたから、道場に向かったようだった。
・・・独りになって、もう一度部屋を見渡す。
どうやらこのお城に住むお姫様の凍てつく心を溶かすには、過去のトラウマをかき消すくらいの、
熱い炎が必要らしい。
「 童話じゃ『 涙 』だけど、ここはやっぱり『 愛 』なのかねえ 」
願わくば・・・明日からやってくるお姫様が、俺様が愛情たっぷり捧げられるような
『 イイコ 』でありますように!
( あ、尚且つキュートであれば、文句ナシでお世話しますよ、俺様は )
佐助ー!と、どこからか旦那が呼んでいる。きっと道場での鍛錬が終わったのだろう。
大きな声で応えると、潮風の吹き込む窓を『 明日 』に備えて、そっと、締めた。
そして、その願いは・・・天に、届いた。