・・・どうやら、しばらく気を失っていたらしい。
クラクラする頭を抑えながら、身体を起こす。どこにも、外傷はないようだ。喰らったのは、峰打ちか。
峰打ちといっても・・・あれだけの巨体で繰り出された技だ。
どちらかというと、吹っ飛ばされるような感覚がしたが・・・。
さすが『 武田の大将 』とのあだ名がつくだけのことはある。
身体の大きさというマイナス面をものともしない、むしろ力技に特化した、その武芸には感服する。
そんな大将を、入口で止めようと思ったのに・・・この様だ。だらしねえ。
周囲を見渡せば、同じように倒れている家人たちの姿があった。
誰も気がつく気配はないが、呻き声があがっているので、命に別状はないだろう。
「 ・・・政宗様っ! 」
政宗様と真田の争う声がしていた庭へ、武田の大将は向かったはずだ。
俺も愛刀を握り締めると、庭へと続く砂利道を走った。
既に決着はついたらしく、庭には誰の人影もなかった。ま、政宗様は一体どこに・・・。
地面には、争ったような後はあるが、血痕はなかった。
それだけ確認すると、ほ、と軽く息を吐いて、縁側から屋敷の中を覗く。
「 おい、風魔 」
と口に出せば、どこから現れたのか・・・背後に、ヒトの立つ気配がした。
忍者の末裔だというこの寡黙なオトコの行動に驚いたときもあったが、数ヶ月経つ今ではもう慣れた
( それも・・・うちで雇う前は、大将に雇われていたことがあるというから、驚きだ )
政宗様はどこだ、と聞くまでもなく、風魔はふっと視線を2階へと送る・・・自室、か。
どんな戦いがあったか、俺には見届けることは出来なかったが・・・『 彼女 』が、
この屋敷にいないことこそが、勝敗の結果だ。俺は意を決して、階段を登っていった・・・。
「 ・・・小十郎か、入れ 」
扉の前で、どう声をかけるべきか躊躇っていると・・・意外にも、政宗様から声がかかった。
失礼します、と断ってから、障子に手をかける。自分の喉が鳴るのが、わかった。
そして、窓辺に佇んだ政宗様の様子に・・・愕然とする。
長い付き合いだ。今、どれだけ落ち込んでいるかは、その背中が物語っていた。
「 も・・申し訳ございませんっ!! 」
咄嗟に、床に額をつけて平伏する。
「 Hey,小十郎・・・何に、謝っているんだ? 」
「 はっ・・・武田のお嬢を、奪い返されたことにございます。面目ござりません! 」
「 違うだろ、それじゃ逆だ。俺たちが、奪おうとしたんだよ・・・武田からな 」
「 ・・・政宗様・・・ 」
「 幸せにしてやりてぇと思った。だけど、それは己を買い被り過ぎていた。
アイツはもう・・・『 幸せ 』だったんだ、あの場所で 」
政宗様と、この屋敷にやってきたのは、まだ二人とも幼い年頃だった。
彼は病に冒され、その右目を失った。右目を奪ったのは・・・誰でもない、この俺だ。
どんなに時間が経っても、償うことの出来ねえ罪。
俺に出来るのは、右目の代わりとなるべく、主に生涯の忠誠を誓うことだけだった。
失明した政宗様を疎ましく思った母君が手をかけようとしたのを、俺は何度も阻んできた。
次第に、彼も気づき始める。自分を、どうして受け入れてくれないのか。
右目同様、希望の光を見失って閉じようとする左目。虚ろな瞳を彷徨わせる時間がだんだん増えてきた時、
政宗様の父君が、彼を慕う家人たちと共に異動するよう命じたのだ。
伊達家が古くから経営している学園の傍の、この屋敷に。
本家から離れ、政宗様は少しずつ本来の『 自分 』を取り戻していく・・・その事実に、俺は
どれだけ救われただろう。気が向いたときにしか登校しない、という問題点はあったが、それは二の次だ。
政宗様が、政宗様らしく生活する。それが、一緒についてきた俺たちの願いだったから。
気まぐれで出かけた図書室で、お嬢に出逢った日。政宗様は、すぐに風魔を使ってお嬢を調べ上げた。
風魔が、どうしてそんなにお嬢の情報をたくさん知っていたのかは聞かねえが・・・政宗様は、何か感じたのだろう
( もちろん、そこに好意あってのことだとは思うが・・・ )
だけど・・・武田道場で『 幸せ 』を見つけたんだな・・・お嬢は。
そうじゃなきゃ、大将自ら出てくることなんて、なかなかねえだろう。
政宗様が、俺たちが・・・此処で『 幸せ 』を見つけたように。
「 アイツさ・・・こんなことになっても、また俺に逢ってくれるつもりらしいぜ 」
「 それは・・・よう、ございましたな 」
「 ・・・あれだけ引きずり回したってのによォ・・・っは! 」
弾かれたように顔を上げると、政宗様は肩を揺らして・・・笑っておられた。
少し頬を高潮させて、まるで何かから開放されたような。
ああ、そうだ、あの日・・・お嬢に出逢った日に、政宗様は同じ表情をして帰っていらした。
毛色のいい子猫だなんて、とんでもねえ。政宗様は・・・『 光 』を見つけてこられたのだ。
右目が見える、見えないなんかじゃなくて。
ココロを照らす・・・『 光 』そのものを。
「 小十郎! 」
「 っは!! 」
「 俺が誰だか、言ってみろ! 」
「 伊達家次期当主・輝宗様がご子息、伊達政宗様にござりまする! 」
「 Yes!俺がこんなことで、諦めるワケねえ!欲しい物は手に入れる、全てだ!! 」
「 ははっ!!お供いたします、政宗様 」
いつもの『 当主 』に戻った政宗様は、1階に降りると台所へと駆け込んで行ったという。
自分のために働いてくれた、家人たちへ手料理を振舞うおつもりなのだろう。
こりゃあ、大宴会になりそうだぜ・・・!
小十郎!大鍋の準備をしろ!と呼ばれた階下へと足を運んで、合流する。
大将に負けて、情けない顔をしている部下たちに発破をかけるために、俺は叫んだ。
「 野郎どもッ!宴の準備だ!! 」