僕を呼び出した女子、というのは総勢3人。
放課後の体育館裏なんて、ヒネリのない呼び出し場所だと思ったけれど、
人気も全くなく静かな場所だったので、思わず納得いった。
「 ・・・で?僕に何の用? 」
「 あ、あのッ、4組のさんには、近づかない方がいいと思うんです! 」
やっぱり・・・『 彼女 』絡みか。
僕の予想通りだ。聞かなくてもわかるけれど、一応聞いておくのが筋かもしれない。
「 どうして、そう思うんだい? 」
「 だって・・・あの子、誰にでも媚びるし、タラシだし・・・。
あ、あたしたち!竹中くんに、そんな子に関わって欲しくないんです!! 」
「 媚びるし、タラシだし、関わって欲しくない、か・・・ 」
思わず、口の端から堪えていた笑いが零れた。彼女たちは肩を震わせて、脅える。
ふん・・・脅えるくらいなら、余計な忠告などしなければいいのに。僕は、瞳を細めて
・・・彼女たちを、睨む。3人の顔が、すっと青ざめるのがわかった。
「 さんは、文化祭実行委員会で決まった補佐役だ。それだけだ 」
「 で・・・でも・・・! 」
「 僕は彼女を優秀だと評価している。君らは、僕の目を疑うのかい? 」
「 ・・・・・・ 」
「 それとも、君らの誰かが彼女の代わりに、僕の腕となって働くかい?
僕の目には、それほど優秀な人材とは思えないけれど 」
一歩ずつ下がり出した彼女たちに、最後の言葉。
「 僕が誰に関わるかは、僕自身が決める。君らに口出しされることじゃない。
嫉妬に捕らわれた君たちは、とても醜い。僕の前に、二度と姿を見せるな 」
3人のうち、誰かが泣き声を上げたのをきっかけに、彼女たちは去る。
掌を返したように、僕と『 彼女 』を罵倒する言葉を浴びせながら。しん、となった体育館裏の隅に、
腰を下ろす。どうせ誰も来ないのなら、ここで休憩してから教室へと戻ろう。
腕時計を覗けば、もう5時半だった。
『 彼女 』は、僕の言うとおり書類を提出してくれただろうか。
・・・本当は、あんな書類、出しても出さなくても仕事に支障のないものだ。
口実が欲しかったんだ・・・『 彼女 』に逢う、口実が。
、と名前を呼んだ時の、甘美な快感。まるで恋人同士のようだ、と思った。
普段なら失笑を浮かべてしまうような行為でも、相手が『 彼女 』なら受け入れられた。
別れる時に心配そうな顔をしていた。僕は・・・しばらく冷たく当たっていたのに、こんな時でも優しいんだね。
その優しさに甘えて、縋りつきたくなるのを、理性が推し止めた。
『 竹中くん・・・ごめんなさい 』
君が怪我をしたのを知って、動揺したのを気づかれなかっただろうか。
文化祭実行委員会用にあてがわれた教室で、涙を堪えて頭を下げる姿を見て・・・
抱き締めてしまいたかった。だけど、突き放さなくては。
僕に近寄ることで、君が傷つくことは・・・耐えられない・・・。
廊下に出ると、意外な顔合わせに・・・戸惑った。
真田幸村は、彼女の付き添いだろう。手に松葉杖を持っている( あの怪我は、そんなに酷いのか・・・ )
そして・・・隣にいる、腕を組んだ男。
「 毛利、君がこんなところにいるとは珍しいね。何か用かい? 」
「 貴様にはない。に、な 」
「 ・・・さんに? 」
不思議だった。生徒会長の彼が、実行委員長の僕を尋ねるならまだしも、
補佐役のさんに用事があると・・・?歪めた顔を、毛利がはっと哂う。
「 不服か 」
「 ・・・いや。でも、声をかけるのは待った方がいい 」
「 泣かせたのか 」
「 ・・・っ!! 」
「 な、なんと!竹中殿、それは誠か!? 」
「 ち、違う!そんな、泣かせてなんか・・・ 」
いない、とは言い切れない。きっと・・・『 彼女 』は、毛利の言うように泣いているだろう。
あの大きな黒い瞳に、大粒の涙が浮かんでいたから・・・。
隠せなかった動揺をもっと突かれるのかと思ったら、毛利はあっさり引き下がる。
「 そうか。では待つとしよう 」
「 ・・・・・・あ、ああ 」
教室に突入しようとした真田の襟首を捕まえて、もう興味がないというように、そっぽを向く。
毛利との付き合いは、他の人に比べて接点が多い分だけ衝突も多いが・・・何を考えているのか、いつもわからない。
もしかすると・・・実は、奴のことだから色々と情報収集されていそうだけど、このタイミングで話を聞くのは
得策ではない。
それに・・・今は『 彼女 』が泣いている場所から、一刻も早く離れたかった。
鞄を抱えて、売店の前を通り過ぎた時。
ふわりと花が開くような、あの『 彼女 』笑顔が脳裏に浮かぶ。
一緒に思い出したココアの味が・・・とても、苦いものに変わっていた。