アイツのことだから、絶対この時間は学食にいるはずなんだけどな・・・。
広い学食の中をゆっくり歩きつつ、周囲に目を配る。
大抵の奴らは”お気に入りの場所”みたいなモンがあって、そこに溜まっていることが多い。
そーいうのがあればいいんだけど・・・あいつはそういうの、関係ないからなぁ。
苦笑交じりの笑みを浮かべたとき、視界の端に、目的の背中を発見した。
「 おーい、慶次!」
「 ・・・ん?よォ、佐助じゃないか! 」
俺様の姿を認めて、手を振る巨体の男が、大学一の名物男と名高い、前田慶次。
彼の隣に座っていたもう一人の悪友も、食べていた皿から視線を上げる。
「 あれ、チカもいたんだ? 」
「 おうよ。俺も慶次も、今日が最後の講義だったからな。お前は? 」
「 俺様も今日で最後だよ・・・けど、ちょうどよかった 」
「 なんでえ、用事でもあったのか? 」
「 ああ、慶次にお願いがあってさ 」
「 俺に? 」
名前を呼ばれて、慶次が首を傾げる。チカも、口に入っていたものを飲み込んで、俺様を見た。
チカの隣に越をおろすと、ずずいっ!と身を乗り出す。
「 以前、バイトを誰かに頼めないかって話があったじゃん?あれ、まだ有効? 」
「 ああ、決まったって話は聞いてないな 」
「 俺様の知り合いで、一人バイトしたいっていう子がいるんだけど。いいかな? 」
「 いいぜ!まつねーちゃんに早速連絡してみる!! 」
にかっと人懐っこく笑って、慶次は携帯電話を取り出す。もしもし、まつねーちゃん?なんて会話が始まると、
チカにおい、と呼ばれた。
「 誰だよ、バイトに来る奴。お前が『 旦那 』って呼んでいるヤツか? 」
「 うんにゃ、うちのお姫さん 」
「 お姫さん?誰だい、そりゃ 」
「 あっ、もしかして最近一緒に住み始めたっていう?ちゃん、だっけ?? 」
「 そそ 」
「 佐助・・・おめえ、女と同棲したのか?確か武田道場ってとこに・・・ 」
「 道場に家族が一人増えたんだよ、旦那と同い年の、可愛い女の子がね 」
「 羨ましいなあと思ってたんだ!へえ、その子がバイトに来るんだ。
利もまつねーちゃんも、女の子の人手欲しがってたから、喜ぶだろうな 」
慶次は嬉しそうにそう言い、チカが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「 なんでえ、佐助のお手つきってワケかい 」
「 ・・・相変わらず、発想が貧困だね、チカは 」
「 違うってのか?こりゃまた、佐助にしちゃ珍しい 」
大きな高笑いしたチカを睨んで、俺様はふと・・・彼女の笑顔を思い出す。
「 ・・・そんなんじゃないよ 」
最近、驚くぐらい進歩した、表情の変化。
『 感情 』という名の芽が出たばかりだと思っていたのに、いつのまにか大輪の花を咲かせている。
そんな彼女に、感化されているのは『 女性が苦手 』な旦那だけじゃない。
一緒に住んでいる大将も、隣の竜の旦那も・・・もちろん、俺様も。
彼女が不幸な生い立ちだからではなくて、彼女自身が大好きだから、心底幸せになって欲しい。
彼女が幸せなら、見守っている俺様たちも幸せになれるから。
そんな彼女を腕の中に閉じ込めたいのに、誰よりも高く羽ばたいて欲しいとも思う。
独占欲、嫉妬、無垢な願い、無償の愛情。色んな感情が、心の天秤で揺れている。
恋・・・でも、そう呼ぶよりも、もっと昇華したような・・・この、気持ち。
黙ったまま物思いに耽っているのが気に食わなかったのか、チカは舌打ちし、慶次は大げさに肩を竦めた。
「 けっ・・・マジ惚れ相手の惚気なんか、聞きたかねぇや 」
「 いいねえ、佐助。恋している瞳だねえ 」
「 ちょ・・・勝手に決めつけるの、やめてくれる? 」
「 バイトに行くのが、俄然楽しみになってきた!なあ、チカ 」
「 おうよ!どんな子か気になるぜ 」
「 ・・・チカも、慶次のバイト行くの!? 」
「 俺が行くのは、不服か? 」
「 ちゃんが、慶次とチカのデカぶつコンビを見て、卒倒しないか心配 」
「 あんだと、こらァっ! 」
「 ま、というワケで頼んだぜ、慶次 」
「 OK!さっき電話で、利もまつねーちゃんも待ってるってさ!! 」
怒り出したチカを相手にするのは面倒だ。ここらで切り上げるか、と学食を飛び出す
( チカが俺様を呼ぶ声と、慶次の宥める声が聞こえた )
これで、今日はもう帰るか・・・寒くなってきたしな。
見上げた曇り空は、今にも雪が降りそうだ。
積もることはなく、淡雪のように溶けていく、雪。
目に見えずとも、いつの間にか心の中に降り積もるものだって・・・あるんだ。
気づいてはいけない『 それ 』から・・・目を、逸らす。
曇天の下、俺様は駐車場まで突っ走った。