ある日、殿が怪我をして帰ってきた。
かすがのところで勉強してくるね、と言って出かけて( ここのところ、ずっとそうなのだが )
夜になって帰ってきたのを迎えに出たら・・・右腿に、包帯を巻いて帰ってきた。
某よりも先に出迎えた佐助に支えてもらいながら、彼女はただいまと笑う。
「 殿!いかがした、その脚・・・ 」
「 軽い火傷なの・・・もう、佐助さんが大袈裟なんだから 」
「 そんなことないよ。ちゃん、最近足の怪我多いんだからさ 」
「 普通に歩けるから、大丈夫です・・・幸村くん、あまり騒がないで、ね? 」
多分・・・奥にいるお館様に知られるのを、恐れているのかもしれないが。
彼女にそう言われては、某が騒ぎ立てるわけにはいかない。
佐助さん、今日はもう休んでいいですか?ああ、構わないよ、部屋まで送るからお風呂は明日にしな・・・
なんて会話をして、殿は佐助と2階に消えて行く。
その背中を・・・某は、蚊帳の外から眺めているような気分だった。
あの二人にしかわからないことがあるような・・・雰囲気、だったっから。
( 某は・・・仲間外れ、なのだな・・・ )
「 幸村よ、が帰ったのか? 」
「 お・・・お館様、その、」
「 ふむ・・・理由は、佐助に聞くとするかの 」
お館様は眉を潜め、降りてきた佐助へと視線を投げる。
某とお館様の、訝しげな視線に・・・流石の佐助も、たじろいだようだ。
階段の途中で立ち止まり、頬を掻く。
「 あれ・・・俺様、何かした? 」
足の火傷は適切な治療だったのか、殿は痛みがないから今日も上杉道場に行くという。
いつもの某なら止めるところだが・・・致し方ない!
玄関から、完全に姿が消えたのを確かめて、準備に入った。
「 幸村よッ!出陣するぞ! 」
「 ッは!お館様あああぁぁぁ!! 」
「 幸村あああぁぁぁ! 」
「 はいはい・・・じゃ、車乗ってくださーい 」
「「 うむッ! 」」
佐助は愛車のエンジンをかけ、走り出す。
そんなに距離はないと言っていたが、どこへ行くのだろうか・・・。
見慣れた道を15分も走り抜けたところで。ほら、と佐助が前方を指差す・・・あれは・・・
「 殿!・・・っ、佐助ぇっ!窓にロックがかかっているではないかぁ! 」
「 当然。そうしないと旦那、窓開けて叫ぶでしょ? 」
「 何と!声をかけては、まずいということか!? 」
「 ・・・何の為に、尾行してると思ってんだよ 」
殿を乗せたバイクが、とある店の駐車場に止まる。
大柄な男が、慣れた様子で彼女に手を差し伸べ( む! )バイクから降ろした。
店の近くの路肩に車を止めて、佐助はハンドルに凭れかかる。
お館様と某は、佐助が動くのを待っていると・・・しばらくして、顔を上げた。
「 あ、ほら来たよ 」
佐助の視線を追えば、店内に殿の姿が見える。あ、れは・・・
「 ・・・ふむ、あれは佐助の仕業か? 」
「 いや、仕業というか・・・本人の希望だったので 」
「 ・・・どういう意味で、ございますか? 」
「 どうやらは、この喫茶店でバイトをしているようじゃの 」
お館様の言葉に、運転席の佐助が頷いた。
見れば明るい色のエプロンを身につけて、忙しいそうにテーブルと厨房を往復している。
先程、殿をバイクに乗せていた輩も、同じエプロンをつけていた。
佐助の説明によると・・・彼は大学の友達で、喫茶店は彼の親戚が経営しているから、安心して
彼女に薦めることができたという。
しかし、バイトとは・・・急に、どうして・・・。
「 旦那ぁ・・・そこはさ、悟ってあげてよ 」
「 何をだ?月々の小遣いなら、貰っているであろう 」
「 ちゃんだって、女の子だもん。男の旦那より、欲しいものも多いでしょ 」
「 そ・・・そうなの、か!? 」
「 ・・・まあ、良い。佐助が斡旋したというのなら、心配することはなかろう。
それで、我々は気づかぬフリをしておけばよいのだな? 」
「 さっすが大将!そういうこと!!・・・旦那も、ちゃんと協力してよね 」
佐助に念を押され、頷かざるを得なかった。
殿が・・・何か、必要があってバイトしているのはわかったが・・・。
「 ( ・・・む、ぅ ) 」
ちくり、と胸を刺す小さな刺。
走り出した車の揺れに、次第と痛みを忘れたが・・・異物感は抜けない。
( 何だ・・・この、不可解な、 )
気を紛らわせようと、視線を窓の外の景色に映す。
けれど、某の心に浮かんでくるのは・・・笑みを浮かべた彼女の表情、ばかりだった。