「 おーい、新入り!こっちのも運んでくれ! 」
「 はっ、ただいま! 」
積み上げていた資材を指定の場所に下ろして、声のした方角目指して走る。
あんちゃん、これをあっちの端まで運んでくれや、と指差された、麻袋が3つ。
「 ( ・・・運ぶ途中に音を上げたら、お館様に怒られる ) 」
瞬時に、己の中で目標を立てると、麻袋の両脇に、手を差し込んだ。
「 うおおおおおお!お、やか、た、さまあああ!! 」
気合の咆哮があたりに響き渡る。
ずっしりとのしかかる圧力は、お館様の拳の重さにはかなわないものの、
十分よい鍛錬になる・・・うむ、アルバイト情報誌に書いてあった通りだ!
『 力と体力に自信のある者、求む! 』・・・とまるで挑戦状のような文句ではあったが、
それに違わず、この一週間、筋力をつける良い修行になっている。
短期間で稼げるバイトは、少なかった。殿には申し訳ないが、ここ数日は
バイト先の現場に直行している故、帰り道が一緒になることはなかった。
同じ屋根の下にいるというのに、某の帰宅時間が遅いので、顔も合わしていないが・・・
( 佐助情報によれば、かすが殿と一緒に帰っているらしい )
どすん、と指定の場所におけば、某を見ていた男が、話しかけてきた。
「 お主は、すごいのう!特によい筋肉をしている!どこで鍛えたのだ? 」
「 某は、武田道場でお館様や佐助と、日々鍛錬に励んでいる次第・・・ 」
「 道場ということは、剣道とか柔道を、師匠について習ってるということか? 」
「 左様でござる。今も、運ぶ時に・・・お館様のことを考えていたでござる! 」
その御仁は、きょとん・・・とした後に、ガハハハと豪快に笑い出した。
「 お館様ねえ・・・どうせなら、好きな女のことでも考えればよいだろうが! 」
「 な、ッ・・・す、すすすす、好き、な・・・ 」
「 クリスマスも近い。どうせ、金のかかる女のために、働いてるのであろう? 」
「 ・・・っ!!殿は、そんな女子ではござらぬ!! 」
「 殿、ねえ・・・かわいい名前の彼女じゃのう 」
「 か、かかかかか彼女!? 」
ここで指す彼女・・・とは、殿自身を『 彼女 』と呼ぶのではなく、
俗に言う『 彼女=恋人 』ということだろう。殿=彼女=恋人・・・・・・・恋・・・。
ぽん!と顔を赤くした某を見て、御仁はまたがはは、と笑った。
「 金は使うよりも貯めろ!使うなら筋肉に使え!といいたいところだが・・・。
ぬしは若い。その殿とやらは、可愛いのか?実際 」
「 ・・・う、うむ・・・か、可愛い、らしい・・・と思う、が 」
「 はっはっは!素直でよろしい!! 」
思いっきり背中を叩かれると、前につんのめっただけではなく、そのまま咽た。
埃の舞い上がっている現場で、一度咳をするとなかなか止まらない。
涙目になって、ぼやけた視界の中に・・・殿が、立っていた。
最初は、いつだって脅えた瞳だった。
周囲の顔色を伺うようなその背を見るのが忍びなくて、どう接したらいいのかわからなかった。
ただでさえ女子と接するのは苦手なのに・・・この上なく苦手な人種だった。
いつぞや・・・帰り道、海音の道沿いで。
潮風に吹かれて、ふと振り返った時だった。
彼女は、微笑んでいた。ああ、年齢相応の顔だと思って・・・当たり前のことに、心臓が高鳴った。
初めて見た笑顔が、そのまま脳裏に焼きついて・・・離れなかったのだ。
いつの間にか『 殿 』を思い浮かべれば、いつだって『 笑顔 』になっていた。
小さく丸まった背中が、少しずつ伸びていく。
政宗殿との対決の時には、初めて、彼女の中にある強い心意気を見た。
文化祭では、人との接触を怖がらずに、繋がることを恐れなかった。
彼女は、守られているだけの、脅えるだけの少女ではなくなっていた。
バイト先の喫茶店で働く殿は、更に生き生きしていて、楽しそうだった。
振りまかれる、花のような笑顔・・・だけど、その笑顔をバイクに乗せていた男に見せていた時。
・・・・・・某の中に、どす黒い感情が生まれた。
渡したく・・・ない。彼女の隣に立つのは、某だ、と。
あの『 笑顔 』を守りたい、彼女にいつだって微笑んでいて欲しいのに・・・。
某は・・・その裏で、自分以外の誰かが、殿を幸せにするのが赦せない。
強い独占欲・・・こんな想い、初めてでござる・・・。
『 幸村くんは、いつも私のことを自分のことのように考えて、応援してくれてるもの 』
・・・違うのだ、殿。自分のように思っているから、応援しているのではない。
殿は、『 特別 』なのだ。佐助や、お館様とはまた違う『 特別 』な存在。
気がつけば・・・いつも、そなたのことを考えている。
想って心臓が高鳴るのも、胸を締め付けるけれど、嫌ではない。
某は・・・某は、狂おしいほどに、恋焦がれている。殿に・・・恋を・・。
こほ・・・と最後の咳をして。
口元に当てていた手が、震えているのが分かった。
「 おー、あんちゃん!今日はもうあがっていいぞー・・・って、どうした? 」
「 ・・・・・え 」
「 顔が真っ赤になっておるぞ!むせて、そんなに苦しかったのか? 」
顕如さーんと呼ばれて、御仁は手を振って去っていく。
だけど、某はしばしその場から動けずにいた。呆然と・・・ようやく震えの止まった掌を見つめる。
「 ・・・確かに、苦しい、が・・・こ、れは・・・ 」
呟きは、砂塵の中に消えた。
それからは、どこをどう辿って、駅まで着いたのかわからなかった。
雪が降るやもしれぬ・・・と見上げた空の色に、ようやく我に返った。
海沿いの町だ、なかなか雪が降ることはない。けれど、今年は色んなことがあった。
殿がやってきた。接点のなかったクラスメイトたちと会話するようになった。
けん制はし合ってたものの・・・政宗殿と、剣を交える機会もあった。
今、何が起こっても不思議ではない。
「 ( ・・・殿 ) 」
殿、殿・・・恋しくて、堪らぬ。
熱く、滾る想い。思い浮かべるだけで、涙が出そうになるのは、いつの日からか。
「 ( そうか・・・これが、恋か・・・ ) 」
味わうことなどないと思っていたのに、神様とやらは平等だ。
甘美な胸の痛みに、俯いたら泣いてしまいそうだった( こんな辛い感情、だとは・・・ )
少しだけ空を仰いで、視線を道の先に戻そうとすると・・・ふと、海辺の人影に気づいた。
ぽつん、と浜辺に独り座った背中は、見覚えのあるものだ。
あの頃より少しだけ伸びた髪、佐助の料理を食べてから、血色も、少しだけ肉付きもよくなった。
「 ・・・殿、か・・・? 」
振り返った彼女の中に、少年らしかった面影はもう見当たらない。
「 幸村くん・・・? 」
某の姿を認めて、驚いた表情がやわらかく微笑む( そう、笑顔の数も増えた )
ひっこめたはずの涙が浮かんできて、誤魔化すように質問を重ねた。
彼女に出会ってから、色んなことがあった。色んな変化があった。
けれど、何よりも変わったのは・・・某の、心の内。
「 い・・・いくら安全な町といっても、女性一人では危ない・・・帰ろう 」
道場までの道のりが、もっと長ければいいのに・・・。
伸ばした某の手に重ねた、殿の、手を・・・心の底から離したくないと思った。