05.It's like a dream come true.(03.5)

主の溜め息を聞くのは、正直もううんざりだ。
何回目になるかわからないくらい( というか、最初から数えていないけど ) 空を仰いで溜め息を吐いては、地面へと視線を戻す。もう一度、空を仰いでは溜め息・・・ という行為が何度も何度も繰り返されている。よく飽きないなー、と俺様は呆れている。
折角淹れてあげたお茶なんかとうに冷めて、縁側に座った旦那の隣に置かれたままだった。 背中を丸めて小さくなっている旦那に辛抱できず、とうとう声をかけた。



「 旦那、旦那ってば 」
「 ・・・・・・・・・ 」



ったく、さっきからずっとこの調子だ。どんなに呼んだって、上の空。
それもそのはず。旦那が考えていることは・・・ただ、ひとつなのだから。



「 ちゃんなら大丈夫だって。旦那のこと、本気で嫌うわけないじゃないか 」



ぴくり、とその単語に反応するように身体を震わせて、ようやく振り向く。
憔悴しきった顔。 あーあ・・・目の下にクマまで作っちゃって。どう見たって、熟睡できてるようには思えない。 こんな顔見たら、それこそ彼女に嫌われちゃうだろうよ。



「 ・・・・・・だが、 」
「 それともナニ?そんなに嫌われるようなこと、しちゃったわけ?? 」



そこで、旦那の顔がぐしゃりと崩れる。俯いた途端に、たた、と零れた雫が畳を打つ ( え、なに、泣いちゃってるの!? )とりあえず部屋の隅にあったティッシュの箱を 渡すと、大きく鼻をかむ音が部屋に響いた。
鼻を真っ赤にして、泣いている顔は、昔のまんまだなあ・・・とふと思う。


「 ・・・・・・の、だ 」
「 へ?なに、聞こえない・・・ 」
「 、殿が、某の、見知らぬ男、と仲良く、喋って、いたの、だッ!
  どうやら・・・前に住んでいた土地で、見知っていた様子。先輩、と呼んでいた 」
「 へえ、そりゃすごい偶然だねー 」
「 ・・・気に入らぬ・・・ 」



小さな呟きは、旦那らしくない、悪意のあるものだった。
・・・旦那って、こんなに独占欲強いキャラじゃなかったんだけどな。
そりゃあ、真田家の皆々様とはイロイロあって今も継続中だけど、そんな中で、良くも悪くも 純粋培養に近いカンジで、ワガママ言わずに育ったと思うんだよね。
だけど・・・あれだけ俺様のことを『 破廉恥であるー! 』とかって散々騒いでた頃が 懐かしく思えてきちゃうくらい。 ちゃんのことになると、旦那は『 らしく 』なくなっちゃうんだから。



「 ( まあ、これが至って『 フツー 』の反応だと思うけどね ) 」



旦那は・・・今、人並みの恋愛を経験しているのだから。



「 ちゃんはさ、武田道場に来る前、色んなところを転々としてたって言うしね。
  知り合った数だけの出逢いと別れがあったと思うよ・・・旦那だって、そうでしょ 」
「 ・・・・・・・・・某は、殿、だけだ 」
「 へ? 」
「 殿しか・・・今まで、好きになった女子など、おらぬ・・・ 」
「 ・・・その『 先輩 』とやらは、ちゃんの元彼だったってワケ? 」
「 解らぬ、が・・・そう思えてならぬ。政宗殿や某に対する態度と、全然違った・・・ 」



落ち込むように肩を落として、また鼻をぐずつかせる。
はあ・・・と本日最大の溜め息を零して、頬を掻く。そして、泣きじゃくる旦那に 顔を近づけて、ぼそりと言ってやった。



「 ねえ、旦那・・・今、ちゃんのこと好きだって言ったの、気づいた・・・? 」



何のことだ?と一瞬首を傾げて・・・次の瞬間、茹蛸の出来上がり。
その場に溶けるんじゃないかって思うほど、ふにゃりと歪むと後ろにひっくり返る。
畳にどすん!と身体が沈んだのを見て、旦那ッ!?と慌てて回り込む。 真っ赤になったまま呆けている旦那は、空ではなく・・・天井を仰いで、大きな吐息を吐いた。



「 はあ・・・やっぱりな。旦那も一人前に成長してるって、ことだね、うんうん 」
「 佐助には・・・バレて、おったのか? 」
「 いや、確証がなかったからさ。でもね、そんな俺にも、ひとつだけ解ることがある 」
「 ・・・何だ? 」



ちらりと視線だけ向けて、答えを強請るように俺を見ている。
旦那の枕元に、俺も腰を落ち着けて、寝転がった旦那を覗き込んだ。



「 旦那は、ちゃんにヤキモチを妬いているんだよ 」



大好きなちゃんの瞳が、自分以外の男を映すのが嫌で。
他の男なんか、見て欲しくない。独り占めしたい、貴女の視線も、心も・・・と思うから。
彼女に恋してるっつーんなら、フツーだよ、そんなこと。

高校生が抱く『 フツー 』の・・・恋心だよ。

旦那は、俺様の言葉に甚く納得したようで、かみ締めるように唇を動かす。
そして・・・むくりと起きると、ゆっくりと振り向いた。



「 ・・・今すぐ帰るぞ、佐助。殿に、一刻も早く謝罪せねば 」
「 はァ!?ちょ、何言ってんの、旦那!ついこの間来たばかりでしょーがッ!
  それに、この後除夜の鐘鳴るんだよ、年始の挨拶もせずに帰るなんて・・・!! 」
「 誰か、誰かおらぬか 」



ぱーん!と襖を開けると、長く続いた廊下に向かって呼びかける。すぐに応える声がして、 旦那の元に参上した女中さんに、今から道場に帰るとお伝えせよ、なんて伝言頼んでるとか冗談じゃないよ! ( 今帰ったら、余計自分の立場を悪くするってどーしてわかんないワケっ!? ) 女中さんを止めようとする俺様を、旦那が引き止める。 もう決めたのだ、と固い決意を秘めた瞳で。

って・・・そんな目ぇされたら、何も言えなくなっちゃうじゃないか。

俺は諦めたように、ぼりぼりと頭を掻いた。



「 ・・・電車もバスもないよ。車も出してもらえない。どうするんだい、旦那 」
「 歩けば、夜明け頃には着くだろう。疲れたら、途中でタクシーでも拾えばよい 」
「 そんなタクシー代、どこから出るのさ 」
「 心配ない、佐助の給与から天引きするよう申告する 」
「 ・・・・・・・・・!!! 」



男の荷物、なんて本当に少量だから。あっという間にまとめた旦那は、もう担いでいる。 今にも飛び出して行きそうな旦那の首を掴んで、あと1分待って、と座らせる。

旦那からの伝言を聞いて、きっとすぐに『 奴ら 』が飛んでくるだろう。
それまでに2人で『 此処 』を飛び出さなければ。
こんなにも( 色んな意味で )危機的状況なのに、胸の奥がざわつく。
嫌じゃない・・・むしろ、ワクワクしている。罠を仕掛けるのも、交わすのも、 俺様何気に得意なんだよね( これが血の成せる業ってやつなのかな・・・ )

ジャスト1分!旦那はまだ気がつかないかもしれないが、俺様の耳に入ってくる数人の 足音。冷えた湯呑みにあった茶を一気に飲み干し、旦那と縁側から垣根を越える。



「 ( ちゃん、今、旦那と『 帰る 』からねーっ!! ) 」



去り際に見た不安そうな顔を晴らすのは、どうやら自分の役目ではなさそうだから。

( でもちゃんが笑っていれば、それだけで俺様は嬉しいと思う )



隣を疾る旦那は、焦りや不安よりも・・・彼女に逢えるのが嬉しいみたいで。
緩みきった表情に、苦笑を漏らせば、それは不思議そうな顔をしていた。