05.It's like a dream come true.(11.5)

「 出かけるのか 」



玄関で靴を履いている背中に、声をかける。
奴は振り返る。色素の薄い前髪の向こうで、イライラするくらい陽気な笑顔を貼り付けていた。 ああ!と返事をして、さらにニッと笑う。



「 今日こそ、彼女を口説き落としてみせるさ 」
「 どうだがな・・・奴には、男がいただろうが 」



年末、用事があって2人で外に出ていた時、一緒にいた家康が急に走り出した。元々突拍子も無いことを する輩だと思っていたが、ここまでとは・・・とにかく追わねば!と、私も走り出す。 奴の視線の先には、少し幼い面影の少女がいた。至極驚いた表情で、家康のことを『 先輩 』と 呼んでいた。そして、親しげに話す家康と少女を、羨ましそうに見つめる、少女と同じ年頃の 少年の姿。



「 付き合っているかどうか、確認してみないとわからないじゃないか 」
「 フン・・・疑うことを知らぬなど、愚の骨頂だな 」
「 何事も前向き、と言いたいんだな!ありがとう、三成!! 」
「 ・・・褒めたつもりは、一切ないぞ 」



愚弄したのに、どこをどう受け取ればそう考えられるのか。残念ながら、従兄弟である 奴との付き合いは長い部類に入るが、未だに思考回路は計り知れない。
足首まですっぽり隠れる黒いスニーカーを履き、靴紐を結び終えた家康は、履き心地を 整えるように、ととん、と爪先を地面に当てた。



「 それでは、行って来る!! 」



片手を上げて、爽やかに出発していく奴に、鼻息で答える。
冬の海風を受けて、着ていたパーカーのフードが翻った。その背中が消えるのを待たずに、 俺は玄関の扉を勢い良く閉めた。バタン!と大きな音が響いて、対照的に訪れた沈黙の中で・・・。



「 ・・・潔く、振られてこい 」



と吐いた『 呪い 』が、まさか効果を成すとは、この時点では思ってなかった。












庭先で木刀を振るっていると、背後に人の気配がした。
居合の稽古の時は、親ですら私には近づかない。私が、集中しているところに邪魔されたくないのを 重々承知しているのだろう。・・・だから、身体中から棘を剥き出しにしている私に唯一近づくのは、 この世に、この男だけだ。



「 はぁ・・・ッ!!! 」



気合の声と共に、ぴたり、と男の喉元に木刀をつける( 本当なら、このまま叩きのめしてやりたいが ) 突きつけられた男は、何も言わずに口の端だけを軽く持ち上げる。



「 ・・・・・・家、康? 」



その男が、家康であることは、近づいた時からわかっていたが。
あまりの覇気の無さに・・・絶句する。
本当に・・・この男は、先程まであんなに明かった、あの家康、か?
木刀の切っ先を手で制し、奴は縁側に腰を下ろす。年始の縁側など、温かい陽が差すことなど なかなかないのだが、今の家康には、そんなことなど関係ないのだろう。
奴の纏う雰囲気から、告白の結果は見えていたから。



「 はは・・・振られたよ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 やっぱり、あの男・・・幸村という名前らしいが、あいつのことが、好きなんだと。
  とは以前付き合っていたから、寄りを戻せると思ったんだがな・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ・・・何も、言ってはくれないんだな、三成 」



ぽつり、と漏らした言葉に、びっくりしたのは私の方だった。 しかし・・・何と言ってやればいいのかわからず( 色恋のことなど・・・私に聞くなッ!! ) 木刀を下ろしたままその場に立ち尽くしていると・・・ふっと家康が笑った気配がした。



「 滑稽な奴だと、お前は哂うだろうが、俺は、 」
「 確かに滑稽だとは思うが・・・哂いは、しない 」
「 ・・・三成 」
「 お前は・・・あの女の幸せを祈れぬような、器の小さい男ではあるまい 」



驚いた顔で、目を見開いた家康が、突如ぷっと吹き出す。
自分が哂われたようで、怒号を響かせようとした瞬間、ちょっとタンマな!と奴が 手を振って私を止める。しばらく笑っていたが・・・ようやく笑いを収めた奴の目尻に、 薄っすら浮かんだものが見えて、私の怒りも沈下していった。



「 あいつは・・・はなあ、酷く辛い状況でもよく耐えていた子でな。
  わしも、そんな彼女を見捨ててはおけなかった。支えてやりたいと思った。
  この感情は・・・本当に恋だったのか、俺にもよくわからん・・・ 」
「 ・・・そうか・・・ 」
「 でもな三成、に再会して、やっぱり俺は彼女が好きだと思ったぞ。
  恋でなかったとしても、恋であったとしても、だ。
  ・・・けれど、は、他に自分を支えてくれる相手を、見つけてしまったんだな 」



まだ両思いではないのだろう、そうでなければ、二度も俺と逢ってくれるはずなかっただろうしな・・・ と独りごちる。長い吐息が聞こえた。
縁側にひっくり返って、高い冬の空を見上げた。ぶ厚い雲の隙間から、薄っすら光が差し込み、 家康を照らす。その中で、そっと瞳を閉じた・・・。



「 ・・・今、三成が居てよかった。独りだったら、無様に泣いていただろうな・・・ 」



家康らしく、ない・・・軟弱な発言は、聴かなかったことにした・・・。



私は握り締めていた木刀を、構える。再び鍛錬に勤しみ出した私を、しばしの間見つめていたが、 よし!と勢い良く立ち上がって、私の前に立ちはだかった。



「 ・・・何のつもりだ 」
「 予定している電車に乗るまで、まだ余裕があるからな。少し付き合ってやるぞ! 」
「 戯言はよせ。誰が貴様なんぞに付き合って欲しいなどと・・・ 」
「 そうか・・・まあ、俺に勝てた試しなんかないもんな、三成は 」
「 ・・・今この場で、即刻、斬滅してやる・・・ 」



ゆらりと燃え上がった闘志を見てか、家康の瞳も燃え始めた。
両手の拳を合わせると、重心を大地に置いて、構えを取る。木刀を鞘に収めたように構えると、 その短い距離を『 本気 』で駆けた。
『 静 』から『 動 』へ。 私の居合を知らぬ者は驚愕するが、何度も対峙している家康は難なく見抜いたのだろう。 驚く様子もなく、力強い拳で刀を受け止めた。



「 来いッ、三成!! 」
「 家康ぅぅううううッッ!! 」



・・・完全に、奴のペースに持ち込まれたことは否めないが( くっ! )
仕方あるまい。まあ、今日くらいは、付き合ってやる。

それが、慰め方を知らぬ・・・俺に出来る『 唯一 』ならば、な。