06.Nothing venture nothing win.(05.5)

こっそりと盗み見したは、どこか鬱々とした表情だ。
頬杖をついたまま、ノートと睨めっこしている・・・まあ、本人の視界には、そのノートする映っていないのかもしれない。 握っているシャーペンも動いている気配もないし、教師のつまらない冗談に顔を上げることもない。
さっきの休み時間に来た、真田のことでも思い出しているのだろう。



「 ( ・・・まったく、もどかしい ) 」



本人たちも充分『 もどかしい 』のだろうが、見ているこっちも『 もどかしい 』のだ。
どんなに私や市が『 真田はお前のことが好きだ、絶対に! 』と言って聞かせても、は首を振るのだろうな。
過去に、伊達がを呼び出したことがあった。 ただでさえ学校に現れることが珍しい、自由すぎる有名人が転校したばかりのを指名したのだ。周囲は大騒ぎになり、真田は青褪めた表情でクラスに駆けつけ、探し回っていた。



『 ッッ・・・殿は、どこだぁッ!! 』



その必死な表情に、私は酷く驚いた、というか・・・呆気にとられた。
この男が熱くなるのは勝負事のみかと思っていたが、のことになるとこうも血相を変えることに。 理事長室へ突進していく背中を見て・・・なんだ、真田はのことが好きなのか・・・と思った。本人が気づいているかは別として。

クリスマスを目前に控えた頃、私はに聞いてみたことがある。
なのに、彼女は首を振った。真田のことは好きではないと・・・信じられなくて、眉を吊り上げた。 端から見れば、これほど明確な真実など無いのに。



「 たいぜんじじゃく。みまもってあげなさい。だれも、てをさしのべてはなりません。
  ふたりが、たがいのおもいにきづくまで。それも、ともだちとしてのやくめです 」
「 ・・・謙信様 」



( そう言ってお茶を飲む仕草に、言葉とは裏腹に胸が高鳴ったのは認めよう・・・ )


あと一歩・・・あと一歩なような気がするのだ。
二人の背中を後押しするような出来事があれば、はもう泣かずにすむのだろう。
泣くのを必死に堪えて、笑顔を作ろうとするような。
・・・今日のような、あんな沈んだ表情をさせずに済むのに・・・。
( いっそ他の男とくっついた方が、泣かずに済むのでは、と本気で考えてしまう )



「 あ・・・かすが殿、殿はおられるか 」



昼食後、教室の入り口で真田とすれ違う。
左手に持っているのは、若草色のの辞書だった。
ああ、そういえば忘れたとかで、借りに来ていたな。



「 なら席を外しているが 」
「 そうでござったか・・・では、これを机の上に置いといて欲しいのだが 」
「 わかった 」



すっと出された辞書を預かる。
真田は帰るものだと思い、すぐに踵を返した私に戸惑ったような彼の声がかかった。



「 あ、の・・・かすが殿! 」
「 何だ? 」
「 ・・・貴殿は、その・・・殿から、何か朝の出来事について・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」






『 幸村くん・・・朝、告白されてるの見ちゃって。好きな人がいるからって断ってた 』






ぽろぽろと涙を転がして、俯いたが呟く。
は、大事な友達だ。彼女を悲しませるものは、何であろうと許さない。
真田・・・お前が不甲斐ないから。お前が、さっさとに告白しないから!!
( と思ったら、何だか無性に腹が立ってきた・・・ッ! )



「 ・・・何も聞いてないぞ 」
「 左様で、ござるか・・・ 」
「 それとも、思い当たる節があるというのか?が気にするような『 何か 』が 」
「 い・・・いや、そうではないが・・・ 」
「 それに、朝といえば真田は剣道部の練習だったのではないか?
  帰宅部のが顔を出す訳もないし。自宅で何かあったというのか 」
「 ・・・別に、道場では何も 」
「 なあ・・・は、真田にとって『 何 』だ? 」
「 『 何 』・・・とは? 」
「 妹か?それとも姉か?真田の大切な『 家族 』の一員・・・というだけなのか?
  何にしても泣かせるな。を災いから護るのも『 家族 』としての役目だろう 」
「 ・・・某は・・・これにて失礼する。殿に、礼を伝えてくれ 」
「 フン 」



肩を落としたのは安堵か、それとも彼女に逢えなかったせいなのか。
にしても、今のはちょっといじめ過ぎたか・・・まあ、このくらいなら許せる範囲だろう。
そこへちょうどが戻ってきた。歯磨きをしにいったの唇の端に、少しだけ泡がついていた。 指摘してやると、顔を背けて慌てて拭う。そして、気づいたらしい。



「 あれ?辞書が戻ってきてる・・・ね、かすが、幸村くん来たの?? 」
「 ああ、先ほどな 」
「 幸村くん・・・かすがの目から見て、いつもと変わらなかった? 」
「 ・・・そうだな 」



・・・変わったといえば、変わったか。
『 家族 』だと言い切らなかった。真田の中でも、もう答えは出ているのだろう。
が自分の気持ちを認めたように、彼もとっくに自分の気持ちと向き合っている。

次のバレンタイン・デーが・・・いいきっかけになるといいが。

何となく、も頭を撫でてやる。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべたまま、が首を傾げた。



不器用な二人の恋が実るまで、あと数センチ。
それまでは・・・謙信様の仰るとおり、見守ってやるとするかな。