海には色々な顔があるけれど、こんな風に長政くんと歩いている時は格段に美しく見える。
小さい頃からずっと伸ばしてきた黒髪が海風に靡く。耳にかけていると、市、と長政くんが
遠慮がちに私を呼んだ。
「 はい、長政くん 」
「 あれは、その・・・付き合っている、のだろうか、2人は 」
誰のこととは聞かずともわかった。同じクラスの真田くんとちゃんのことだ。
長政くんと幸村くんは、元々同じクラスになった時から気が合っていた。
ちゃんが文化祭実行委員として長政くんと知り合い、
2人が同じ屋敷に住んでいると知って、それは驚いていたのを覚えている。
その後、私がかすがちゃんを通じて、ちゃんと交流を深めたのを知ると、やっぱり驚いて、そして・・・。
『 そうか、友達が増えたか・・・良かったな、市! 』
珍しくはにかんだような笑顔を浮かべて、私を祝福してくれたことを・・・一生忘れないと、思うの・・・。
「 先ほど、付き合うようになったと聞きました 」
「 随分と長く話していたようだったが、その報告だったのか 」
「 はい、お待たせしてしまってごめんなさい 」
先に帰っても構わないと言ったのに、長政くんは待っていてくれた。
今まで私に待っていてもらったことはあるのに、自分だけ待たないのは平等ではない!という
理由で・・・ふふっ、彼らしいと思うと同時に、嬉しくて堪らない( ああ、やっぱり私この人のことを
好きだなと思う瞬間だった )
「 いや、たまには私も・・・そなたを『 待ちたい 』と思ったのだ 」
長政くんが振り返る。オレンジ色の世界の中で、ゆっくり見つめ合う。
風で髪が靡くことなんか、もうちっとも気にならないくらい、私の視界には彼しか目に入っていない。
伸ばされた手に、私はそっと自分のを重ねた。長い影が重なって一緒に歩き出す。
「 昨日、市がくれたチョコレートのケーキと同じものを、彼女は無事に渡せたのか? 」
「 夕食と一緒に届けたと言ってました 」
「 美味かった、あれは。真田も喜んだだろう、元来甘いものには目が無い奴だ 」
味を思い出してくれたのか、長政くんが頬を緩める。それを見て、また作っても良いですか?と
聞くと、何故か少し怒ってしまったので口を噤む( ・・・私、調子に乗ってしまったの、かしら )
だけど、いつもならそこで解かれてしまう手はそのままで、むしろ強く握られる。
顔を上げると、彼の頬はオレンジの世界でもわかるくらい赤くなっていた。
「 ・・・そなたはいつもそうやって私に確かめるが、それは意味の無い行為だ!
市がそうしたいのなら、そうすればよい。此処には、本家の人間は一人もいないのだ 」
「 は・・・い・・・ごめんなさい・・・ 」
「 ち、違っ・・・!市、謝るのではなくて・・・ああ、もう! 」
俯いて、涙を必死に堪えていると、長政くんが慌てた様子になる。イライラした気持ちを表すかのように頭を掻き出したので、
思わず肩を竦ませてしまった。ああ、そんなことをしたら長政くんがもっとイライラしてしまうって、私、わかっているのに・・・!
もうだめだ、と思った瞬間だった。離れたはずの手が、再度私の前に突き出される。
「 ( ・・・・・・? ) 」
反射的に長政くんと、手を見比べる。何度も何度も見比べているうちに我慢できなくなったのか、彼の手が私のを掴んでまた歩き出した。
「 長政、くん・・・? 」
彼の考えていることがわからなくて、私は声をかけた。
「 すぐそうやって卑屈になる癖はいけない。私は・・・市、そなたの婚約者だ!!
胸を張れ。私は、市が作ってくれるものなら喜んで食べたいのだ 」
「 は、い・・・ 」
「 ・・・次回のケーキも、楽しみにしている 」
そうやって、貴方は私を真っ直ぐ見つめて微笑むから。
たとえ、これがお兄様に決められた『 婚約 』とはいえ、市は幸せ者だと思えるの。
重なった影がゆっくりと伸びていく。こうして歩いていると、この時間が永遠に思えてくる。
ちゃんと幸村くんも・・・今日はこんな風に幸せな時間を過ごしているのかしら。
話し込んでいた教室で、真田くんから電話があった時の、彼女の幸せそうな顔を思い出す。
そういえば、と長政くんが呟いた。
「 義兄上との・・・『 約束 』の期限が迫っているのではないか? 」
その台詞に、弾かれたように顔を上げた。目の前の長政くんも、辛そうな表情を浮かべている。
「 真田は、さすがに忘れる訳ないだろう。朝比奈には伝えていないのか・・・? 」
「 かも、しれません。ちゃんの口からそんなこと、聞いたことないもの。
ちゃんの性格からして、知っていたら告白しようなんて思わないと思うわ 」
だろうな、と彼は頷く。
急に足取りが重くなった。私は長政くんと付き合って幸せだと思うけれど、真田くんとちゃんの
『 これから 』を思えば、その道は残酷なものに見えた。
・・・時間を止めてあげられたらいいのに。
幸せであって欲しいと思う。かすがちゃん以外に、初めてできた市の友達だもの。
だけど・・・誰もが彼の決定には逆らえない。私と長政くんのような例は稀だ。
そしてその枠から外れた『 例外 』を許してくれるような甘い人でないことは、妹の私が一番知っている・・・。
「 市 」
長政くんの声が、泣きそうな私を呼んだ。
「 義兄上に逆らう気はないが、正義はあの2人に在る、と思ったならば・・・。
私は彼らの味方になろうと思う。そなたはこの志を理解してくれるか? 」
熱い眼差しに躊躇いなく頷く。彼は少しほっとしたように微笑んだ。
海辺の道を、手を繋いで歩く。冬の夕陽の光が目に痛いほど眩しかった。
ぎゅっと瞑った瞳を次に開けば・・・自分でも解るほど、閉じ込めた光が移ったかのように、
強く妖しい炎が視界で揺らめいていた。
ちゃんも幸村くんも、私たちが、護る。2人がとても大切だから。
たとえそれが・・・兄様に逆らうことになったとして、も・・・。