06.Nothing venture nothing win.(17.5)

海には色々な顔があるけれど、こんな風に長政くんと歩いている時は格段に美しく見える。 小さい頃からずっと伸ばしてきた黒髪が海風に靡く。耳にかけていると、市、と長政くんが 遠慮がちに私を呼んだ。



「 はい、長政くん 」
「 あれは、その・・・付き合っている、のだろうか、2人は 」



誰のこととは聞かずともわかった。同じクラスの真田くんとちゃんのことだ。
長政くんと幸村くんは、元々同じクラスになった時から気が合っていた。 ちゃんが文化祭実行委員として長政くんと知り合い、 2人が同じ屋敷に住んでいると知って、それは驚いていたのを覚えている。
その後、私がかすがちゃんを通じて、ちゃんと交流を深めたのを知ると、やっぱり驚いて、そして・・・。



『 そうか、友達が増えたか・・・良かったな、市! 』



珍しくはにかんだような笑顔を浮かべて、私を祝福してくれたことを・・・一生忘れないと、思うの・・・。



「 先ほど、付き合うようになったと聞きました 」
「 随分と長く話していたようだったが、その報告だったのか 」
「 はい、お待たせしてしまってごめんなさい 」



先に帰っても構わないと言ったのに、長政くんは待っていてくれた。 今まで私に待っていてもらったことはあるのに、自分だけ待たないのは平等ではない!という 理由で・・・ふふっ、彼らしいと思うと同時に、嬉しくて堪らない( ああ、やっぱり私この人のことを 好きだなと思う瞬間だった )



「 いや、たまには私も・・・そなたを『 待ちたい 』と思ったのだ 」



長政くんが振り返る。オレンジ色の世界の中で、ゆっくり見つめ合う。
風で髪が靡くことなんか、もうちっとも気にならないくらい、私の視界には彼しか目に入っていない。
伸ばされた手に、私はそっと自分のを重ねた。長い影が重なって一緒に歩き出す。



「 昨日、市がくれたチョコレートのケーキと同じものを、彼女は無事に渡せたのか? 」
「 夕食と一緒に届けたと言ってました 」
「 美味かった、あれは。真田も喜んだだろう、元来甘いものには目が無い奴だ 」



味を思い出してくれたのか、長政くんが頬を緩める。それを見て、また作っても良いですか?と 聞くと、何故か少し怒ってしまったので口を噤む( ・・・私、調子に乗ってしまったの、かしら ) だけど、いつもならそこで解かれてしまう手はそのままで、むしろ強く握られる。 顔を上げると、彼の頬はオレンジの世界でもわかるくらい赤くなっていた。



「 ・・・そなたはいつもそうやって私に確かめるが、それは意味の無い行為だ!
  市がそうしたいのなら、そうすればよい。此処には、本家の人間は一人もいないのだ 」
「 は・・・い・・・ごめんなさい・・・ 」
「 ち、違っ・・・!市、謝るのではなくて・・・ああ、もう! 」



俯いて、涙を必死に堪えていると、長政くんが慌てた様子になる。イライラした気持ちを表すかのように頭を掻き出したので、 思わず肩を竦ませてしまった。ああ、そんなことをしたら長政くんがもっとイライラしてしまうって、私、わかっているのに・・・!
もうだめだ、と思った瞬間だった。離れたはずの手が、再度私の前に突き出される。



「 ( ・・・・・・? ) 」



反射的に長政くんと、手を見比べる。何度も何度も見比べているうちに我慢できなくなったのか、彼の手が私のを掴んでまた歩き出した。



「 長政、くん・・・? 」



彼の考えていることがわからなくて、私は声をかけた。



「 すぐそうやって卑屈になる癖はいけない。私は・・・市、そなたの婚約者だ!!
  胸を張れ。私は、市が作ってくれるものなら喜んで食べたいのだ 」
「 は、い・・・ 」
「 ・・・次回のケーキも、楽しみにしている 」



そうやって、貴方は私を真っ直ぐ見つめて微笑むから。
たとえ、これがお兄様に決められた『 婚約 』とはいえ、市は幸せ者だと思えるの。

重なった影がゆっくりと伸びていく。こうして歩いていると、この時間が永遠に思えてくる。
ちゃんと幸村くんも・・・今日はこんな風に幸せな時間を過ごしているのかしら。 話し込んでいた教室で、真田くんから電話があった時の、彼女の幸せそうな顔を思い出す。 そういえば、と長政くんが呟いた。



「 義兄上との・・・『 約束 』の期限が迫っているのではないか? 」



その台詞に、弾かれたように顔を上げた。目の前の長政くんも、辛そうな表情を浮かべている。



「 真田は、さすがに忘れる訳ないだろう。朝比奈には伝えていないのか・・・? 」
「 かも、しれません。ちゃんの口からそんなこと、聞いたことないもの。
  ちゃんの性格からして、知っていたら告白しようなんて思わないと思うわ 」



だろうな、と彼は頷く。
急に足取りが重くなった。私は長政くんと付き合って幸せだと思うけれど、真田くんとちゃんの 『 これから 』を思えば、その道は残酷なものに見えた。

・・・時間を止めてあげられたらいいのに。

幸せであって欲しいと思う。かすがちゃん以外に、初めてできた市の友達だもの。
だけど・・・誰もが彼の決定には逆らえない。私と長政くんのような例は稀だ。
そしてその枠から外れた『 例外 』を許してくれるような甘い人でないことは、妹の私が一番知っている・・・。



「 市 」



長政くんの声が、泣きそうな私を呼んだ。



「 義兄上に逆らう気はないが、正義はあの2人に在る、と思ったならば・・・。
  私は彼らの味方になろうと思う。そなたはこの志を理解してくれるか? 」



熱い眼差しに躊躇いなく頷く。彼は少しほっとしたように微笑んだ。

海辺の道を、手を繋いで歩く。冬の夕陽の光が目に痛いほど眩しかった。 ぎゅっと瞑った瞳を次に開けば・・・自分でも解るほど、閉じ込めた光が移ったかのように、 強く妖しい炎が視界で揺らめいていた。



ちゃんも幸村くんも、私たちが、護る。2人がとても大切だから。

たとえそれが・・・兄様に逆らうことになったとして、も・・・。