出掛けに佐助に捕まった時は、正直、心臓が止まるかと思ったでござる・・・。
さあさあ口を割った方が苦しまずに済むよ、旦那!と玄関先で『 くすぐりの刑 』に遭った時は、さすがの某も屈しそうになってしまった・・・。
しかし殿との逢瀬の約束は、誰にもバラしはしないと固く心に決めていたのだ。
「 ( 誰かに漏らして、政宗殿たちに伝わりでもしたら・・・ ) 」
終業式、屋上での『 儀式 』を思い出しただけで、身の毛もよだつ。
皆、殿のことを大切に想っているのは、某にだって解る。殿自身はその事実をなかなか認めようとはしないが、一生懸命変わろうとする健気な姿に心を打たれ、惹かれた輩ばかりだ。
某だってその一人。殿には、いつだって笑っていてほしい。
「 ( だっ、だからこそ、今日の逢瀬は特別なものなのだ! ) 」
某たちは同じ屋敷に住んでいる。これは幸運なことだが、障害もひと一倍だ。
お館様に『 付き合う 』許しはもらっているとはいえ、某たちは、けっ、けけけ結婚しているっ!訳ではない!!・・・いや、いずれは・・・と、とにかく!!非常に難儀なのだ、人目を避けて逢うということが!!
屋敷でも学校でも、彼女が愛される人柄だという証拠でもあるだろうけれど、常に人の目がある。
べ、別に、何かしようという訳ではないのだが・・・独り占め、できないのだ・・・。
この『 嫉妬 』という気持ちも、殿に教わった。
胸を焦がすこの醜い思いも、彼女を想う気持ちで昇華させてみせる。
その為には・・・やはり、今日の逢瀬を思い出深いものにすることが、恐らく鍵となる!!
「 ( 水族館で、誰にも邪魔されずにゆっくりと過ごすのだ・・・殿と、一緒に ) 」
海辺の街だ。水族館など、幼い頃に誰もが一度は必ず行く場所なので地元民は近寄らない。
現にあの『 儀式 』では誰も候補に挙げなかった。殿はまだ出かけたことがないことを誰も知らぬ。
同じ屋敷で過ごした者の特権なのだろう、と思った。
知り合いのおらぬ場所で、殿と共に過ごすだけでいい。そうしたら、某は嫉妬などに捕らわれたりせぬ。
自己満足、優越感だと罵られても良い。某と殿しか存ぜぬ『 時間 』があれば、それだけで・・・。
「 幸村くん! 」
誰の声よりも早く、耳が反応する。ぱっと声を上げれば、すぐ目の前まで彼女が近づいて来ていた。
小さく手を振って、にこ、と微笑んだ。某も手を上げるが・・・どことなく様子がいつもと違う。
「 お待たせ、幸村くん!ごめんね、待たせちゃって・・・ 」
「 いや、問題ない。殿こそ・・・走ってきてくれて、ありがとう 」
「 えっ・・・あ、ううん!だってワクワクしちゃって 」
赤い顔をして笑う殿が、とても愛らしい。
・・・少し緊張しているのだろうか。ぎこちない様子の殿の拳に、自分の手を重ねる。
驚いた顔をした殿だったが、その手を引き寄せてしばらく歩くうちに、ようやく自然体に戻ったようだ。
「 さっき佐助さんにバレそうになって、慌てちゃった。幸村くんも捕まったんだって? 」
「 あ、ああ・・・ 」
「 今日のこと、皆に内緒だもんね。ドキドキするけど、何かワクワクもするね、ふふっ 」
水族館のチケットを渡した夜、メールでこっそり、皆には内緒にしてほしいという旨のメールを送ったのだ。
嫌がられるかもと思ったが、思いの外快諾してくれた。彼女はメールのことを思い出してか、照れたように口元を押えて肩を揺らす。愛らしいのは言うまでもないが、某はどことなく上の空だった。
「 ( 何故だ・・・殿はいつも通りなのに、どこが違うというのだ ) 」
ふっと鼻先を掠める花の香り。微笑んで揺れた身体から、だ。
そう・・・それに、彼女が着ている服は今までに見たことがないものだ。
殿は着の身着のまま、前の家から武田家に来たので、これはお館様から買っていただいた洋服だろう。
そういえば、佐助と買いに出かけた時があったな。淡色のワンピースは、殿が動くたびに裾が翻る。
裾から伸びる足元には、お館様がクリスマスに送ったパンプス。
誂えたかのようにワンピースとセットになっていて、彼女によく似合っていた。
だけど、某の胸を一番胸を熱くしたのは、首元の・・・。
「 ( ・・・身につけてきてくれたのだな ) 」
彼女の胸元に揺れる星型のオーナメントが付いたペンダント。
そうか、いつもと違うと思うのは・・・殿が、精一杯お洒落してきてくれたから。
・・・某、自惚れても良いのでござろうか・・・。
好きだと伝えたら、殿も好きだと言ってくれた。
こんなに嬉しいことはない。それだけで幸せだと思ったのに、もっともっと幸福感を味わいたい。
某が今日という日を楽しみにしていたように、彼女も同じ気持ちでいてくれたのなら・・・それだけで。
隣を見れば、殿は火照ったように赤くなった頬をそっと押さえていた。
某が足早に歩いたせいで暑くなったのだろうか。声をかけようとしたが、たまたま同じタイミングで殿も顔を上げた。
「 ・・・幸村くん?? 」
熱を冷ますように片手で頬を包み、潤んだ瞳で上目遣い。
本人にその気はないのだろうが、そ、そのような可愛い仕草で見上げられると・・・某、どうしようもなく・・・。
「 いっ!いいいや!!そ・・・そう!!楽しみだなと思ったのだ、すい、水族館! 」
必死に取り繕おうとした結果、声が裏返った( し・・・しまったでござるぅぅううッ! )
某の不自然さを特に気にした様子もなく、殿はそのまま嬉しそうに声を上げた。
「 うん。楽しみだね、水族館 」
微笑んだ彼女に・・・最後の違和感。
・・・その唇に、気づいた時・・・某の信念は脆くも崩れようとしていた。
「 ( きょ、今日の目標はあくまで『 殿と2人の時を過ごす 』こと、でござる、が ) 」
彼女の唇に目を奪われつつも、正視できず、逸らすこともできず、ただただ赤面するばかり。
殿に悟られないようにしたいと思うのに、自分の感情がコントロールできない。
こんな素振りではいつかバレて、嫌われてしまうでござるッ!!・・・で・・・でも・・・。
もう遅いかもしれぬ。だって、こ、んなにも・・・手が、熱い。
某の手を引く無邪気な彼女。その笑顔に宿る『 魅惑的な色 』に・・・ごくり、と喉が鳴った。