07.The secret only between you and me.(03.5)

よほど感動したのだろう。彼女はその場から一歩も動けずにいた。

無言のまま、水槽の前で立ち尽くす彼女の隣に並ぶ。
薄青色の光に染まった殿が、こちらをむいて優しい笑みを浮かべる。
透明感のある美しさ。そんな言葉が似合う殿の笑顔に胸が高鳴った。



「 ( ・・・・・・、殿 ) 」



向き合った水槽を見上げる、そのまま彼女の横顔に見惚れてしまう。
ふと、すぐ傍に在る、水槽に触れている指先が目に入った。
引き寄せられるように、水面に反射する光を宿したそれに、自分の手を重ねようとして、迷う。
手は何度も繋いだ( 先程のように、転ばぬよう、という口実を使ったこともあったが )なのに、何故かこの仄暗い空間で触れるのには少し勇気が必要だった。
・・・ドキドキ、なんてレベルではない。鼓動が爆音に変わり、周囲の音が全て消えた。
頭の中を圧迫するような緊張感。もう何も考えられない・・・殿のこと、以外は。



そなたに触れたいという思いだけが、某を動か・・・・・・・・・。



「 おお、壮大だな!こんなに美しい場所とは・・・もっと早く来ればよかった。なあ、三成! 」
「 フン・・・こんなに人が多い場所に、誰が好き好んで案内するものか。家康、貴様が我儘を言うから! 」



明朗快活な声と、静かだが苛立ちを含んだ声。
( 特に )後者の声には、非常に覚えがあるというか、聞き慣れているというか・・・。
アクアリウムに夢中な殿を邪魔しないように、そっと目線だけで振り返る。
先程、殿と下りてきた螺旋階段の天辺で、両拳を突き上げた男と。
暗闇の中でもわかるほど艶めいた銀糸の髪の男。それが誰か確かめる前に、反射的に血の気が引いた。



「 ・・・え、え?あの 」



あれだけ触れるのを躊躇っていたはずなのに。
殿の手を掴むと『 順番 』と書かれた矢印の方向へと連れだした。



「 ど、うしたの?ゆき・・・ 」
「 しっ、静かに! 」



鋭い声が出てしまい、ひく!と彼女も喉を詰まらせたが、殿は黙って某の後をついてきてくれた。
もつれそうな足元を必死に動かし、某の足の速さに必死についてきてくれるのは、至極申し訳ないと思う。
だが・・・彼らに見つかる訳にはいかぬ!
そ、それもあの・・・三成殿の隣にいる男は、殿の、も?元カレ?( と言うのだと、同じクラスの市殿に習った )でござる!!今は、今は某の、っ・・・某の殿にござるぅぁぁああああ!!!
( ・・・吠えた心の声が、現実に漏れなかったことは褒めていただきたい )



「 ( 三成殿など、絶対に水族館に足を運びそうにない男だと思っていたのに ) 」



舌打ちでもしたい気分だったが、楽しんでいる殿をがっかりさせたくなかった。
ただでさえ、唐突に吹き出した某の苛立ちに、おどおどと首を傾げている。
と、その時・・・。



「 間もなくイルカショーが始まりまーす!観覧をご希望のお客様は、ショースペースへとお進みくださーい 」



廊下の先で手を振る係員を見つけて、ああ!と彼女が悟ったような声を上げた。



「 幸村くん、イルカショー見たかったんだね? 」
「 あ・・・ああ、そうなのでござる 」
「 私も見たい、イルカ!行こう!! 」



繋いだ手をきゅっと握って、係員が指している方向へ、殿の目線が向けられる。
天井に吊るされた看板を仰ぐ。奥へと進む矢印と共に『 ショースペース 』という文字。
・・・この位置から、それらしい場所は見えない。
ということは、もっと奥。ふむ、ここから随分と離れているということでござろうか。
ならば好都合!手に手を取って、このまま逃避行しましょうぞッ!!



「 行きますぞッ!うおおぉぉ・・・・ッッ!! 」



加速した某の背中で、殿がきゃあきゃあと楽しそうな悲鳴を上げた。












・・・・・・・が。












「 ( な・・・何故だッ!!何故・・・ッッ!!! ) 」



パシャーン!!

ジャンプしたイルカが再び水中へと戻る勢いで水が跳ねる。
前方座席3列までは、水に濡れる確率があるというステージ。水を避けるように身を捩った背中を見て、某の背中が凍りつく。 最前列でびしょ濡れになった二人組に、あ・・・危うく悲鳴を上げるところでござった・・・!



「 ・・・毛利、君って思ったより無粋な輩だね。この席に座ったからには、水は浴びるものさ 」
「 ふん、素直に用意周到と我を称えよ。水が降ることさえ解っていれば、対策などいくらでもできようぞ。
  傘があれば、竹中、そなたとは違い、我は水を浴びずに華麗なるイルカショーを観覧できるのだからな 」



あ、あの・・・緑色と紫色のレインパーカーを着た二人組は・・・っ!!

水の滴る前髪を書き上げている紫の御仁の横で、緑色の御仁はパーカーのフードを被った上に傘を広げて、水を避けたようだった( そこまで防御するなら最前列でなくて良かったのでは、と思わなくも、ない )
学校でよく見かける好敵手たちに似過ぎていた。い、いや見紛うはずがない!ど、どう見ても、あの後姿は!

慌てて隣の殿へと振り向くと、殿は歓声を浴びながら両耳を押さえて蹲っていた。
殿は、飛んでくると思った水を避けているつもりなのだろう。
( 残念ながら今座っている座席は最後尾のため、水は届かないのだが・・・ )

そんな微笑ましい姿の殿が、彼らに気付いた様子はない。
塞いでいる耳から少し手を離して、興奮した顔に満面の笑みを浮かべた。



「 すごいねすごいね!どうやったらあんな風に飛べるんだろう・・・っ!
  イルカって、ただ可愛いだけじゃなくて、賢いなんてすごいね!! 」



すごい!を連発して、いつもの控えめな性格はどこへやら、頬を紅潮させて拳を上下させている。
・・・殿にも、こんな子供らしい一面があったのだな。つられて笑顔になった某は、大きく頷く。



「 ああ、すごいでござるな!すごいイルカでござるな!! 」
「 うんっ!!すごーい!! 」



・・・そなたをここまで笑顔にしてくれるイルカは、すごい!( だが某も負けぬッッ!!! )

イルカショーが終わるなり、彼女をなるべく自然に急かして、そそくさとその場を後にしたが。
殿の無邪気な笑顔は、一生忘れまい・・・と思った。