intermission:
twinkle twinkle

今年の夏は、とても暑い。
その分、お陽様の光を浴びて、庭にある木々たちは色濃い。元気な証拠だと言わんばかりに、 葉も艶々している。その様子に頬を緩めて、麦藁帽子を被りなおした。
きゅ、と蛇口を捻って、 ホースを庭へと向けて、水を撒き散らしていると・・・。



「 さっ、佐助さん!どうしたんですか、それ・・・! 」
「 ああ、ちゃんご苦労様。んふふ、すごいでしょー!! 」



葉の重なり合う音に、振り返れば。佐助さんが何かを担いで、庭へとやってきた。
よく見れば・・・それは、大きな笹の枝。彼の背丈を悠々と越したその笹を、 縁側に立てかけるように置く。私はホースの水を止めて、笹の下に立った。
・・・うわ、私の身長からだと、天辺まで見えない。
佐助さんの、大学の友達からもらったらしい( 貰う云々よりも、ここまで持ってくる方が 大変だったろうな、と思うんだけど・・・ )
もの珍しそうに見上げたままの私に、佐助さんはだって、と言った。



「 ちゃんはきっと、みんなで七夕とか、あんまりやったことないと思ってさ 」



・・・私の、ため・・・?

見上げていた視線を、笹から、隣に並んだ佐助さんに移せば、彼は優しく微笑む。
ぽっと頬に熱が宿るのがわかって・・・照れを誤魔化すように、その腰に抱きついた。



「 佐助さん、ありがと!大好き!! 」
「 おお、熱烈なアピール大歓迎!俺も、ちゃん大好きだよーっ!! 」



しがみついた私を抱きかかえて、いい子いい子と頭を撫でる手。
私にも、 佐助さんみたいなお兄さんが居たら良かったのに・・・幸村くんが羨ましい。
私たちの声を聞きつけてか、鍛錬帰りのお館様の幸村くんが、道場から顔を覗かせる。 二人できゃっきゃっと抱き合ってるのを見て、幸村くんが顔を真っ赤に染めた。



「 な、なッ・・・そそそなたら!何と!は、破廉恥な・・・っ!! 」
「 へっへーん、旦那も混ざりたいなら、そう言えばいいのに。ね、ちゃん 」
「 え、幸村くん・・・混ざりたいの?? 」
「 ・・・・・・・・・っ!!! 」



きょとん、と見上げた私の視線から逃れるように、すぐに顔を背けると、一歩、二歩・・・と 後ずさりしていく。その足がだんだん速くなって、悲鳴じみた声を上げながら、お風呂場のほうへと 消えていった・・・( どうしたんだろ、一体 )



「 ・・・ワシの今年の願いは、去年と変わらず『 幸村の成長 』かのう・・・ 」



内面も外面も、あやつはもう少し『 オトナ 』になってもらわんと困るのう・・・。
汗を拭いていたお館様が、溜め息を吐く。と、それに呼応したかのように、私を腕に抱いたまま、 頭上から佐助さんの溜め息も聞こえた。

どうして二人がそんなに溜め息ばかりなのかわからず、私は首を傾げていた。









「 Hum,立派な笹じゃねえか・・・なあ、小十郎 」
「 はい。七夕に合わせて持ち帰るとは、猿飛も粋なことをなさいますな 」
「 んっふっふ・・・二人にそう言われると悪い気はしないな、俺様 」
「 俺が褒めているのは、お前じゃねえ、笹だ 」
「 ・・・俺様の手柄は、笹に負けるのかよ 」



ちょうど夕食を食べ終えようかという頃、実家から送られてきたという西瓜を持って、 政宗くんが遊びに来てくれたのだ。初モノの西瓜を頂けるなんて、有難い。
早速切って食べようという話になり、みんなで七夕を祝うことになったのだ。

切ってきた西瓜をお盆に載せて運んできた私は、政宗くん、と彼の名を呼んだ。
振り返った彼に、お皿に乗った西瓜を渡せば、Thanks、と微笑んだ。
小十郎さんや、一緒に縁側に座っているお館様や幸村くんにもお皿を配る。
・・・あれ、小太郎さんはどこに行っちゃったんだろ・・・と思っていれば、彼の姿を探して 彷徨う私の手を、そっと影から掴む手があった。



「 あ、小太郎さん。これ、小太郎さんの分の西瓜・・・・・・え?? 」
「 ・・・・・・・・・ 」



受け取ったお皿を床に置いて、小太郎さんが指で私に『 何か 』を伝える。
メッセージを読み取った私は・・・庭にいた佐助さんに、声をかけた。



「 ・・・短冊? 」



頷いた私を見て、佐助さんは待っていましたとばかりに、縁側に置いてあった箱を取り出した。 じゃーん!という彼の声が響いて、私や政宗くんはその箱を覗き込む。
中には色とりどりの短冊と、ペンが入っていた。 短冊には、ちゃーんと笹に引っ掛けられるよう、紐までついている。きっと佐助さん自身が 用意してくれたのだろう。驚いている私たちを横目に、得意顔だ。 西瓜を胃の中に片付けて、短冊とペンと受け取る。



「 ( え、えーっと・・・何にしよう、かな、お願い事 ) 」



『 お願い事を書いたなら、俺が笹の一番天辺に、の短冊を飾ってあげる 』

小太郎さんからのメッセージに、心躍った。
佐助さんの言う通り、七夕をお家で祝うことなんて初めてだった。 もちろん、笹一本を家族で占めるなんてことも。嬉しくって、小太郎さんの言う通り、誰よりも一番上に 飾ったら、今なら願い事が何でも叶うような気がしたんだ。

でも・・・『 一番の 』というのは、よく考えるととっても難しい。

背が高くなりますように、ってのは、現実的に難しそうだし。ダイエットに成功しますように、ってのも 自分次第のような気もする( というかそれをお星様にお願いするのは・・・ちょっと、恥ずかしい ) 勉強も、かすがのおかげで前ほど苦手なワケじゃない。クラスのみんなとも、何とか争いごともなく、 付き合えてると思う。



「 ( それに・・・昔のように、友達、には不自由していない・・・ ) 」



縁側を見れば、短冊につんのめるようにして考えている幸村くん。それを隣でからかっている政宗くん。 かすがや竹中くん、毛利くんたちも・・・今夜の星空を、同じように見ているだろうか。






・・・なら、私の『 願い事 』は『 これ 』しかない・・・。






「 どうだ、は書けたか? 」
「 うん!・・・って、きゃあ!だ、だめ、政宗くんッ!! 」
「 どれ、俺に見せてみろよ。早く嫁になりたい、とかなら、速攻叶えてやるぜ。
  『 オトナ 』になりたい、とかもだ!小十郎、布団の用意を・・・って痛ぇ!! 」
「 政宗殿ぉぉお!ははは破廉恥でござる!某の殿に、何ということを!! 」
「 真田!何を想像したんだよ、てめェは!お前が、一番破廉恥だろうがッ!! 」
「 こ、こた、小太郎さーんっ、助けて! 」



覗き込もうとする政宗くんから、必死に短冊を護っていると、幸村くんまで巻き込んで、混戦になる。 私の声にすぐさま現れた彼は、その広い肩に乗せた。 驚く暇もなく、大地を蹴る。屋根の瓦に飛び移ると、瓦の軒先から伸びていた笹を指差す。 落ちないように身体を支えてもらいながら、私はその枝先に短冊を飾りつけた。



「 えっへっへ・・・天辺に、飾っちゃった! 」



小太郎さんに、地面まで無事に下ろしてもらうと。
短冊を彼らの手にも届かないところに避難させ、揉み合っていた二人にVサインしてみせる。 そんな私の姿に、ぴたり、と手を止めて、政宗くんと幸村くんは顔を見合わせると・・・先に動いたのは、幸村くんだった。 素早く私の元へと走り寄ると、背後へと回り込む。 ふいに視界から消えたことを、不思議に思う間もなく・・・足が、浮いた。



「 きゃ・・・きゃあああああッッ!!! 」



たっ、ただの浮遊感じゃ、ない!ゆ・・・幸村くんが、私を肩車したのだ!!
バランスを崩しそうになるのを、必死で耐える。前のめりになり、反射的に彼の頭にしがみついた。



「 ゆっ、幸村くん!?ご、ごめ・・・ひゃあ! 」
「 真田・・・てめェ、何、羨ましいことしてやがる・・・ッ! 」
「 政宗殿の魔の手から護るべく、某も高いところに殿を避難させ、うぅっ! 」
「 ちょ・・・ちょっと待って、あの、ごめん、バランスがと、取り辛く、って・・・! 」
「 っ、殿っ!そ・・・某の、首、が、そなたの腿で締め・・・!! 」
「 Shit!いい加減にしろ!俺にも味合わせろ! 」
「 きゃ、政宗く・・・!きゃあああ、ちょ、やめ・・・!!! 」



キュロットから伸びた生足の部分で、首を絞めていた挙句、 今度はしがみついた私の胸が( あの、大して大きくないんだけ、ど )幸村くんの顔に当たってるとかで、 彼が慌てふためき、その振動にバランスを崩しそうで更にぎゅうぎゅうと絞める結果に。
政宗くんは政宗くんで、履いていた私のキュロットを掴んで、幸村くんの肩から 引き摺り下ろそうとする。脱げてしまうんじゃないかと、私も必死に抵抗する。 その攻防の末、、幸村くんがとうとう鼻血を出してひっくり返った!( ゆ、幸村くんッ・・・!? )



「 きゃ・・・ッッ!!! 」



3人で、庭の池にダイブする寸でのところで、幸村くんの肩にいた私を、ひょいーっと引っ張り上げる両腕。 どっぼーん!と派手な音を立てて、2人だけが池へと落ちた。



「 やれやれ・・・破廉恥なのは、旦那の方だろ 」
「 さ、佐助さん! 」
「 大丈夫?ここは俺様たちに任せといて、大将とお皿、片付けてくれるかな? 」
「 ・・・は・・・はい・・・ 」



佐助さんの後ろには、拳を震わせた小十郎さんが立っていた ( 俺様たち、って・・・小十郎さんのこと? )咽ながら池から這い上がった政宗くんと幸村くんの 前に立つと、年長組が2人を見下ろした。



「 政宗さま・・・小十郎は、小十郎は、常日頃からあれだけ紳士であれと・・・! 」
「 お・・・落ち着け、小十郎・・・今回のは、その、不可抗力ってヤツだろうが・・・ 」
「 だーんなっ♪ここいらでひとつ、誰が破廉恥なのか、ハッキリさせておこうか 」
「 いッ、痛っ!痛い!!耳っ、耳がもげる・・・!! 」



佐助さんに言われたとおり、縁側でお館様と片づけをしていると、 悲鳴が聞こえてきたので振り返ろうとするが、小太郎さんに 拒まれた。見なくていい、というようにふるふると首を振られ、でも・・・と私は言葉を濁す。 そこへ、お館様に声をかけられた。



「 笹に飾れたのは、お主の短冊だけだのう・・・きっと、叶うだろうよ 」
「 ・・・だと、嬉しいです 」



お皿を持って、ふっと微笑んだお館様の後を追う。
庭に、一際大きな悲鳴が響くが、キッチンに引っ込んでしまった私には届かなかった。



恋人が逢瀬する、星空の運河の真下。そこに棚引く・・・短冊の願い、は。










『 どうか、いつまでもみんなと一緒に居られますように 』