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 それは、練習の終わった後の出来事。
 
 
 
 
 
 
 お疲れさんっしたー、とか、うーっす、とか、様々な声がグラウンドを飛び交って
 荷物を手にした仲間たちが、疲れ果てた顔で宿舎へと戻っていく。
 練習の後、ちょっとだけ監督に呼ばれた俺が、遅れてグラウンドに戻ると、
 もうそこには誰もいなかった。
 
 
 「 じゅーんた、クン♪ 」
 
 
 ・・・・・・思った、のに。
 ベンチ脇の柱の影から、ひょこんと顔を出したのは。
 
 
 「 ・・・ 」
 「 えへへ・・・あ、ねぇ、監督、何だって?? 」
 「 あ、ああ、フォームにクセとかないか、見てもらってたから 」
 
 
 その報告を受けただけだ、と言うと、彼女はそっか、と微笑む。
 その笑顔に・・・鼓動が高まっていくのを、感じた。
 
 
 ( ・・・お、俺っ、今までどんなふうに、に接していたっけ・・・ )
 
 
 突然、彼女を『 意識 』し出したせいなのか、戸惑いが胸に浮かんでは消えて
 俺の脳内を、もの凄い勢いで混乱させる。
 
 
 「 それじゃ、後はもう宿舎に戻るだけ? 」
 「 え、あ、ああ・・・そうだな 」
 「 んっふっふ・・・それじゃ、付き合って 」
 「 ・・・・・へっ!?つ、付き合って・・・って!? 」
 
 
 見事なまでに動揺し、顔を真っ赤にさせた俺は、一歩後ずさる。
 背負っていたバッグと、俺の顔へと視線を往復させる。
 そして・・・・・・
 
 
 「 ね、来て 」
 
 
 バッグの端を両手で掴むと、ぐいっと引っ張った。
 
 
 「 え、うわっ!? 」
 「 こっちこっち!早くしないと間に合ーわーなーいーっ 」
 
 
 ・・・間に、合わない?
 
 
 首を傾げる俺と彼女の掌が、重なる。
 その掌は柔らかくて、ふっくらとしていて。
 とても女性らしい手なのに、節々にマメがあった( 彼女が頑張り屋な証拠だ )
 ・・・でも、それが、妙に舞い上がったテンションを落ち着かせてくれて。
 
 
 俺は、本来の『 俺 』を、ゆっくりと取り戻していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 着いたよ、準太 」
 
 
 二人でどこをどう走ったのか、俺にはわからなかったけれど。
 目の前のは、息を弾ませて、キラキラと瞳を輝かせている。
 まるでオモチャ箱を開ける前の、子供のようで・・・堪らず吹き出した。
 ( だってカワイすぎる・・・!! )
 
 
 「 ちょ・・・何、笑ってんのよ!? 」
 「 ふくっ、いや、だって、お前・・・ははっ 」
 「 んもー、ここからは笑うトコロじゃなくて 」
 
 
 は、俺の背をトン、と押した。
 
 
 「 感動するトコロ、でしょ? 」
 
 
 
 
 一面の、花畑。
 
 
 
 
 谷間に咲き乱れる、野の花の大群。
 風に揺れるリズムに合わせて、花びらが舞う。
 沈もうとしている夕陽に染められて、花畑は草原をも思わせた。
 少女漫画に出てきそうな、ロマンティックな風景を前にして。
 ・・・笑うどころか・・・・・・見惚れてしまう。
 
 
 「 ・・・ね、どう? 」
 「 うん・・・すげェ・・・ 」
 
 
 思ったコトをそのまま口にすると、でしょ?とが嬉しそうに笑った。
 
 
 「 去年の合宿のでね、偶然見つけたの 」
 
 
 マネジとして新米だった彼女は、先輩に怒られてばかりで。
 その最中に見つけたこの美しい場所は、落ち込んだ時や、ヘコんだ時に
 気晴らしに訪れる、の『 秘密の場所 』なんだ・・・と。
 握り拳で力説し始めたその勢いに押されて、コクコクと頷いた。
 はちょっと迷ったように・・・つい、と俺の前に立った。
 
 
 「 ・・・この前は、看病してくれて有難う。そのお礼、だよ? 」
 
 
 少しだけ照れながら、軽くウィンクしたが、あまりにも愛らしくて。
 俺はその場に・・・へたりこんでしまいそうな気分だった。
 ああ、ダメだ、俺。完全に、これ、ヤバイ・・・よな。
 撃沈した俺に気付かず、は静かに夕陽へと視線を向けた。
 
 
 山と山の間に、ゆっくりと沈もうとしている真っ赤な太陽。
 背後から、そっと夜の帳が降りようとしている。
 表現できない色に、空を染め上げる中で・・・。
 ありったけの勇気を振り絞って、俺は、そっと彼女の手を握った。
 
 
 
 
 ・・・瞬間、の緊張が、掌を通して伝わってきた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 俺のほうこそ、ありがとな 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 あまりに照れくさくて、を見ずに呟くと。
 間を空けて、彼女が小さく頷いたのが、気配でわかった。
 俺との周りを、沈黙のベールが包んで・・・その場を動けずにいると。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 きゅ、とが・・・・・・少しだけ、俺の手を握り返した
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夕闇色の横顔
 
 
 
 
 
 
 ( 心臓が飛び上がって、今度は俺が固まったのはいうまでもない )
 
 
 
 
 
 
Material:"24/7"
Title:"恋花"
 
 
 
 
 
 
 
 
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