俺は、近所で飼われている犬を想った。


 血統書つきのパパと、雑種のママの血を持っているというソイツは、
 自分を血統書つきの、由緒正しきお犬様だと勘違いしているのか、
 背筋をぴーんっと張って、ご主人様の帰りを待ってる。
 雑種のクセに生意気な・・・と俺は密かに想っていたけれど。
 今なら、ヤツの気持ちがわかるような気がしたんだ。






「 利央、お前そんなとこで何やってんの? 」


 階段の上から、ひょいと顔を出した慎吾さん。
 後ろから、キャプテンの和さんも一緒に降りてくる。


「 先輩を待っているんス 」
「 を?何で?? 」
「 怪我したんス 」


 ホラ、と着ていた浴衣を上半身だけ脱いでみせる。
 左の脇腹に大きなアザがある。準サンの球を受け損なって出来たモノだ。
 和さんが苦笑し、慎吾さんはぷはっと噴き出すように笑った。


「 へっぽこキャッチャーだなぁ、利央は 」
「 め、滅多にこんなことないんスよ、ホントはぁっ!! 」
「 慎吾、からかうなよ。俺だって失敗することあるぞ、たまには 」
「 和さん・・・っ!( 何て優しいっ ) 」
「 甘やかすなよ、和。利央のことだから、また近いうちに同じことやらかずぞ 」
「 しませんってばァ!! 」


 ムキになる俺の肩を、和さんが軽く叩いて諌める。
 ・・・っと、ダメだ。そんなことしている場合じゃないや。
 いつもより早く冷静になると、二人を無視して、もう一度その場に腰を下ろす。
 和さんと慎吾さんは笑うのをやめて、きょとんと俺を見下ろした。


「 なぁ・・・利央 」
「 なんスか、和さん 」
「 別に、ココで待たなくてもいいんじゃないのか? 」


 目の前に垂れた赤い暖簾(のれん)。
 どんっ!と大きく『 女 』と書かれている・・・そう、女湯だ。


「 だって、マネジ全員で入ってっから、ココで待つのが一番良くないスか? 」
「 そうだけど・・・湯を出て、落ち着いてからでもいいんじゃないのか?? 」
「 だから、ココで待ってるんスけど 」
「 いや、そうじゃなくて・・・ 」


 口篭った和さんが、少しだけ頬を赤くする。
 それをフォローするかのように、慎吾さんが割って入る。
 口元に、そりゃーもう、いやらしーい笑みを浮かべながら。


「 女湯の前で待ってたら、だって恥ずかしいと思うぞ 」
「 何でっスか? 」
「 湯上りの無防備状態を狙う、オオカミみたいでさ 」


 オオカミ?いや、今の俺はどっちかっつーと番犬っしょ!
 慎吾さんみたいな、エロい目つきをしたオオカミから、先輩を守るんス!
 と声高らかに叫ぼうとしたところで、慎吾さんと和さんが驚いた顔をした。
 扉の開く音がして、甲高い悲鳴が上がる。


「 り、りりり、利央っ!!こ、こんなところで、何脱いでるワケ!? 」


 先頭にいた先輩が、一歩後ろに下がる。
 ・・・あ、忘れてた。そーいや半裸なんだっけ、俺。
 扉の奥でまごつく他の女子マネジたちを、先輩がつっつく。
 腹を抱えて笑い転げる和さんと慎吾さんの横を、足早に過ぎていって。
 残された先輩が、顔を真っ赤にして、俺と向かい合った。


「 す・・・すいません、先輩、あの、俺・・・ 」
「 婦女子をこんな場所で、そんな格好で待たないの!無神経だぞ!! 」
「 ・・・・・・っっ!! 」


 先輩の容赦ない言葉に、目の前がクラクラした。
 天地がひっくり返るとはこのコトだ・・・っ!!うあーっ、き、嫌われたーっ!!
 じわり・・・と涙目になった俺がうな垂れると、後ろでまたもや不快な笑い声。
 ( くそ・・・っ、和さんたちも気付いたんなら声かけてくれりゃーいいのにっ )


「 ・・・あれ? 」
「 うひぃっ!? 」


 先輩が、身体を折った俺の肩を引き上げる。
 湯で暖まった両手にビックリして、声を上げてしまった。


「 利央、ココ、どうしたの?? 」


 彼女の視線が、左の脇腹に集中する。


「 あ・・・湿布、貼って、欲しくって 」


 ・・・先輩を、待ってたん、ス。
 ぼしょぼしょと小さくなっていく声に、先輩は小さく微笑んだ。


「 なーんだ、そういうコトか。じゃあホラ、おいで 」
「 え!? 」
「 私の部屋に救急箱運んであるから。貼ってあげるよ 」
「 は、はいっ!! 」
「 ・・・あ、俺も行こーかな 」
「 何で慎吾さんまで!? 」
「 カワイイ後輩の怪我が心配だからさぁ 」
「 ( さっきまで俺のコト馬鹿にしてたくせに・・・! ) 」
「 ほーら、利央 」


 先を歩いていた彼女の桃色の手が伸びて、俺の掌に絡まった。
 先輩の掌は少しだけ汗ばんでいて、繋いだ手に蒸気が篭っている。
 そういや・・・と、彼女の後ろを歩きながら、じっと見つめる。
 長い髪を束ねているのなんて見慣れているのに、今夜はどこかが違う。




「 ( ・・・・・・あ ) 」




 後れ毛から零れた雫が、つ、と首筋を伝うのが見えた。
 ・・・綺麗。花びらを飾る、朝露のよう。


「 利央? 」


 黙った俺を不審に思ったのか、先輩が振り向いた。
 瞬間、彼女を取り巻いていた蒸気が、俺をも包み込んで。






 それだけで


 俺の中にあった『 理性 』という名の壁がグラついているのがわかる






 ああ、この後、俺・・・先輩の部屋で、湿布貼ってもらうだけなのに
 何か・・・色んな意味で、自信、ない、ス・・・


 今度から慎吾さんの口元がいやらしい、とか、エロい、とか馬鹿に出来ないなぁ
 『 番犬 』のつもりだったのに、俺だって十分『 オオカミ 』だったんだ
 これじゃ、あの近所の犬と同じじゃないかよォ・・・














 先輩のうなじにドキドキしながら、俺はこっそり頭を抱えた















すれ違う、石鹸の香り、





頬が燃える








( 俺の心臓と理性、頼むからもう少しだけ保ってくれ! )




Material:"24/7"
Title:"恋花"