武器屋のオヤジさんが、ニヤニヤ笑っている。
「いいねえ、女冥利に尽きるだろ」
「はあ・・」
ちらりと視線を横に向ければ、あーだこーだと言い合いをしている男たちが三人。
とっても真剣な顔で議論を交わしている姿は、ちょっと格好良いなあって思わなくもない。
(普通に、カッコイイんだけど・・)
オヤジさんに返したのとは違う意味で、私は「はあ」と息を吐いた。
事の発端は、と切り出すほどに大したキッカケでもない。
「じゃあ、行ってくるわね」
「はい。尚香さんも気を付けて」
「ええ!」
軽く手を振って、尚香が光陣の向こうへ消えていった。
他の人たちは既に「向こう側」へ着いているはずだ。今度はどの時空へ跳んでいったのかを、は知らない。
彼らは「やり直す」ために過去へ向かうのだから。
(特定の時間軸に戻れるって、便利だよね)
榊を持った仙女、かぐやの持つ特殊な能力らしい。
色々難しそうなことを説明された気もするが、詳しいことは理解できなかった。
倒したはずの遠呂智が九つの首を持った大蛇になって、味方が全滅する寸前まで追い詰められていたなんて――。
ぶるっ、と寒気に震えた。
(だ、大丈夫。皆がいるもの)
かぐやは言った。
より多くの仲間を集めれば、未来は拓ける――、と。
軍勢を率いて動いていた者もいれば、単独行動していた者もいる。
が「未来」の陣地に連れてこられた頃には、かなりの人数が集められていた。
だが、まだ足りないものがあるらしい。
無双の兵、強い武器、それらを全て揃えてからが、本当の戦いなのだ。
「でも、過去に戻れるって・・・・いいなあ」
「貴女にも、やり直したい過去があるのですか?」
「わ!? って、姜維」
「すみません、。驚かせてしまいましたか」
飛び上がりそうになって振り向くと、くすくす笑っている姜維がいた。
「武器屋の前で百面相は・・、ちょっと珍しいですよね」
「そ、そうかな」
「何か気になる物でも?」
「え」
問われて、気付く。
気恥ずかしさから立ち直って、自分がどこにいるかをやっと把握できた。
尚香を見送ってから、なんとなく足が向いたらしい。
腕組みをしている武器屋のオヤジと目が合う。
(うぅ、穴を掘って入りたい・・っ)
運動神経にはそこそこ自信はあるものの、戦うことに関してはからっきしだ。
そんながどうしてこんな所にいるのかといえば、そう・・・・単純に「巻き込まれた」だけである。
気が付けば、巨大なテーマパークに一人で立っていた。
(姜維に見つけてもらえなかったら、今頃どうなってたか)
考えたくもないので、ぷるぷると頭を振って嫌な想像を追い出す。
かぐやの導きで、ここに連れてこられるまで――つまり、時空跳躍初体験するまで――本当に色々なことがあった。
色々ありすぎて、一つずつ思い返すのも面倒なくらいだ。
「知りませんでした。私は貴女をずっと見ていたつもりだったのに、そうじゃなかったんですね」
「へ?」
「つい見入ってしまうほど、真剣に武器を選びたいと思っているんでしょう?
よろしければ、私にお任せくださいませんか。これでも、少々の知識はあります」
「な、何? どうしちゃったの、姜維」
慌てるを余所に、姜維は距離を一歩詰める。
寄り添うように隣へ立つと、視線の高さを合わせるかのように背をかがめた。
ちょっと目線を向けるだけで、端正な横顔がすぐそこにあると分かる。
「き、きょっ姜維!?」
「ああ、これは偃月刀ですね。一見して扱いやすそうに思えますが、かなり重い武器です。
切れ味も鋭いですから、武器になれていない人間が持つには危ないですよ」
「そ、そうなんだ・・」
なんとなく見ていただけの武器について解説され、ぎこちなく相槌を打つ。
どこから話が飛躍してそうなったのか。
彼の脳内では、すっかり武器選びに熱中するの姿が定着しているらしく、真摯な眼差しで品定めをしている。
「おお、珍しい所で会うな。殿、姜維の付き添いか?」
「あ、趙雲」
顔を上げれば、ちょうど戻ってきたらしい趙雲が歩いてくるのが見えた。
目が合うと、爽やかな笑顔が優しげなものへと変わる。
その面倒見が良い性格からか、蜀陣営の子育て担当とも言われているそうだ。
確かに劉禅や星彩たちは趙雲を慕っているし、趙雲も満更ではない顔で付き合っている。
(でも、なんか・・・・年下扱いっていうよりは、子供扱いされてる気がするんだよね)
はどちらかといえば、趙雲よりも姜維と年が近い。
必然的にそうなってしまうのは理屈として分かっていても、ちょっと不満だったりもする。
「ああ、趙雲殿も武器を見に来られたのですか?」
「先程の戦いでかなり消耗したのでな。代わりの物を探しに来たのだが・・・・、姜維」
「何でしょう」
「その刀は、お前が持つには軽すぎるだろう。槍以外の得物を扱うにしても、不慣れな武器では戦いづらいぞ」
「いえ、これは彼女の為に選ぼうと思って・・」
「殿の?」
「あ、えっと」
どうしてか、咄嗟に「違うんです」という言葉は出てこなかった。
二人でいっぺんに覗き込まれたからかもしれないし、
心のどこかでは皆と一緒に戦場へ行きたいと思っていたのかもしれない。
(それに・・)
早とちりでも、姜維が真剣に考えてくれるものを無下にしたくなかった。
の複雑な心境を察してか、趙雲は一転して厳しい顔つきになる。
腕を組み、ちらりと姜維の持つ武器へと視線を向けた。
「あまり、感心はしないな」
「趙雲殿・・。そんな、何も聞かずに決めつけてしまうのは」
「武器とは己を守る道具であると同時に、他者を傷つける物だ。
血を浴びるだけでなく、それ以上の覚悟も必要になってくる」
「彼女に人を殺せと言うのですか!」
「そうは言っていない。戦場に立てば、何が起きるか分からないんだ。
生半可な気持ちでは、怪我だけで済まない可能性もある」
ぞっとした。
今まで想像しなかったわけじゃない。
戦いに向かう皆が怪我をしないように、無事に帰ってこられますようにと何度も願ってきた。
この世界が危険なことは嫌というほどに理解していたから、大人しく陣地で待つこともできた。
でも、武器が扱えたら?
戦えるのだったら?
過去の時空へ戻る皆に、ついていくこともできる。それは未知への好奇心にすぎない。
いつの間にか、皆が守ってくれることを当たり前のように感じていたのかもしれない。
「大丈夫ですよ」
気遣うような声と、優しい手がに触れる。
しっかりと肩を抱いてくれる力強さに、心を支配しつつあった不安と恐れが少しずつとけていくようだ。
「たとえ、戦場に向かうことがあっても・・・・私が守ります。必ず」
「姜維・・」
「趙雲殿は脅かしすぎなんです。
まだ武器が扱えるかどうかも分からないのに、恐ろしい話をすれば誰でも怯えてしまいますよ」
「やれやれ。すっかり私は悪者扱いだな」
「あっ、いえ。そういうつもりはなかったんですが」
趙雲が苦笑し、姜維が慌てて離れる。
年の離れた兄弟ともまた違うのだろうが、共に戦う仲間としての信頼が見えるようだ。
彼らは武器を持つこと、戦うことの意味を体で知っている。
守られる立場として、陣地から出ることのないは疎外感を感じずにはいられなかった。
(羨ましい、な)
ただ武器を持っていても、近づけない。
どう頑張っても埋められない、絶対的な距離が彼らとの間にある気がして――。
「大丈夫ですか?殿」
「ぜんぜん平気だよ。陸遜こそ、どうしたの・・・・って武器を見にきたんだよね」
ぼーっと眺めていたのを誤魔化したくて、陸遜に応える台詞はとてもわざとらしい。
気遣わしげな視線にも耐えられそうになかった。
なんとなく武器屋に足が向いてしまっただけなのに。
「敵も強くなってきたので、もう少し質の高いものを揃えておこうかと。
今の双剣は刃こぼれしてきたので、砥ぎに出している間の替えが必要なのです」
「買い換えちゃった方が早くない?」
陸遜は微笑んで、首を振る。
「いずれそうするつもりですが、予備の武器は持っておくに越したことはないんです。
ああ、そうだ。せっかくだから、殿が選んでくれませんか」
「うぇ!? そ、そんなの無理だよ! どんなのが良いかも分からないのに」
「いいえ、貴女に選んでほしい。私が無事に、ここへ戻ってくるために」
真摯な眼差しを間近に受けながら、手を重ねられる。
細身に見えても、武器を持つ手は大きかった。
すっぽりと包まれる心地良さにほだされかけた時、肩にぽんっと別の手が乗せられた。
「それは良い案だな、陸遜殿」
「おや、趙雲殿。姜維殿とのお話は終わったのですか」
「熱くなりやすいのは武人の性とはいえ、女性を一人で待たせてしまうところだった。
君が間に入ってくれたので、彼女を寂しがらせずに済んだ」
「礼には及びません。以前から私は彼女に、武器を選んでほしいと思っていましたから」
あれ、とは首を傾げる。
どうして二人に挟まれているのだろう。
武器を選ぶにしても、彼らで話すにしても、わざわざを間に入れなくてもいいはずだ。
両手に花だなあなどと、呑気なことを考えてしまう。
(だって二人とも綺麗な顔してるし! 両手に華? うん、なんかそんな感じ)
「失礼します」
「って、姜維! な、ななななんで膝をついちゃってるのっ」
左に陸遜、右に趙雲というだけでも緊張してしまうのに、正面の姜維が加わると意識をそらすこともできない。
いや、自分に話しかけられているのだから集中しなければ。いやいや、無理そんなことできない。
(誰か助けて?!)
念のために要らぬ説明をしておくと、彼らはホストではなく武人だ。
しかもそれぞれの陣営で重要なポジションについている無双武将たちだ。
共通点は(たぶん)若くて、(表向きは)優しくて、(基本的に)誠実。
「左手は陸遜殿が預かっておられるので、右手を取るには前に来るしかないと判断しました。
しかし私のような若輩者が趙雲殿の前に立つことは無礼になりますので、できません」
「本当に真面目だな、姜維は」
「正論っぽく聞こえる辺り、なかなかの策ですね」
左右から褒め言葉らしきものが飛んでくる。
もうやだ、気絶してしまいたい。
彼らは紳士だから、このまま倒れても支えてくれる。それは間違いない。
どうしてか握られた手と、手を置いているだけの肩がしっかり固定されているのだ。
それぞれの視線も完全にのことをスルーしている。
のことをネタに、三人で交流を深めようとしているのだ。きっとそうだ。
「」
「は、はい」
優しく呼ばれて、飛ばしかけた意識もすぐさま戻った。
目の前には膝をついて、右手を恭しく戴く青年がいる。まるで王子様だ。姜維はきっと白馬が似合う。
武装だってキラキラしていて格好良い。このまま愛とか、忠誠とか捧げられてもいい。
そんな気分になってきた。
「この武器ならば、扱いやすいと思います」
「・・・・へ?」
「ヒョウといって、投擲する武器です。
これならば相手に接近する必要はありませんし、小さいので服の下に忍ばせておくこともできます」
知っている。そんなことは知っている。
手の甲、あるいは指先にキスされる展開はどこへ行った。
大切そうに握られたの手には、一本のヒョウが乗せられている。
これでもかと研ぎ澄まされた刃を掴む気にはなれない。
剣ほどに重くはないし、確かに護身用としても持ち歩けるだろう。
姜維が自信ありげに勧めてくれるのもよく分かる。
分かるのだが。
「装飾が少し、地味ではありませんか?」
「ふむ、陸遜の言う通りだな。
武器に過度な装飾は必要ないかもしれないが、邪魔にならない程度ならいいだろう」
「同意を得られたようで安心しました。というわけで殿、こちらはいかがですか?」
手が離れてホッとする間もなく、☆四つのヒョウを持って戻ってきた。
「いいよ、陸遜。そんな高そうなもの買えないし!」
「気にしないでくれ、殿。思わぬ立ち話に突き合せてしまった詫びに、贈らせてほしいのだ。
女性に武器など、本来はそぐわないかもしれないが」
「趙雲さん。おっ、お気持ちだけで十分です!」
「お二人とも、彼女は全くの初心者です。まずは扱い方から覚えていくのが筋ではないでしょうか」
合っているけど、何か違う。
そう叫びたいのに声が出なかった。陸遜、姜維、趙雲の三人があーだこーだと議論を戦わせ始めたからだ。
それぞれが勧めたい武器を持っているから、危なくて仕方ない。
そおっと半歩下がった。
この場で気絶したら、ヒョウが降ってきそうで怖い。
力強い腕に抱き留められると同時に、雑技団よろしく布一枚すれすれの所を刃が掠めていくのだ。
傷を負わなければいいというものではない。
確実にすり減る、主にの神経が。
(そもそも武器を持って戦いたいかどうかも、まだ決められないでいるのに)
気が付けば、武器屋のオヤジがニヤニヤ笑っている。
「いいねえ、女冥利に尽きるだろ」
「はあ・・」
ちらりと視線を横に向ければ、まだまだ言い合いを続ける男たちが三人。
とっても真剣な顔で議論を交わしている姿は、ちょっと格好良いなあって思わなくもない。
(普通に、カッコイイんだけど・・)
オヤジさんに返したのとは違う意味で、は「はあ」と息を吐いた。
いつも灯の愚痴やら萌え話を聞いてくれる
『まつろわぬ民の隠れ家』のむっぺこと武藤渡夢さんからいただきました。
「何がいい?」とリクエストを聞いてくれた時に「最近大好きな陸遜・趙雲・姜維で三つ巴」と答えました。
R18、って言おうか迷ったけどwww( ちなみにR18は過去幸村・小太郎で書いてくれましたw )
最初は大好きなキャラに囲まれてウハウハ・・・と見せかけてこのオチ。マジ痺れますぅ。
きっと夢主も速く倒れたほうが勝ち、かな、くらいには思ってると思うwww
手に姜維のチューがきたら、そのまま陸遜・趙雲も負けじとほっぺチューくらいはしてくれると思うカモン☆(鼻血
ちなみにこの夢、リクエストから三年越しwww根気よくリクエストに答えてくれたこと、ホントに感謝!
どうもありがとーむっぺ!大切にしますー!!
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