けたたましい警報は、地下室まで響いてきた。 この天体を貫いてしまうのではないかと思わせる程 何層にも亘った深い、深い地の底。 その最下層の広大な部屋で、私は独り、中央に置かれた鳥籠の中にいた。 ・・・・・・ココは、何人たりにも見つからないハズなのに。 それなのに。 「 お迎えに上がりました、お姫様 」 仰々しくシルクハットを脱いで、深々とお辞儀した。まるで本物の紳士のように。 そして・・・鳥籠の私へと、手を差し伸べる。 彼の白い手袋が、ライトの光を浴びて、淡水色に染まった。 「 ・・・どうしてここがわかったの? 」 「 この前プレゼントした指輪が発信機になってんだ。 だけど、このことは伯爵も知らないし、俺も今コイツらを殺そうと思わない。 教団の場所も、今夜限り忘れるよ 」 ココへ放り込まれる時、一切のアクセサリーを外すように指示されたが あの指輪だけは飲み込んで体内に隠した。それが発信機だと気づきもしなかった。 悪びれた様子もなく、にっこり笑った彼に、私は胸を高鳴らせる。 裏切られたのは、私のほうなのに。 傷つくことも、自分を哀れむことも、とてもナンセンスに思えた。 差し伸べられた彼の手に、おそるおそる手を伸ばす。 彼は微笑みを絶やさない。むしろその弧は、大きくなっている。 この手を取ったらこの手を取ったらこの手を取ったらこの手を取ったら。 「 !やめるんだ!! 」 慌ただしい足音がしたかと思うと、駆け込んできた仲間たち。 コムイさんが制止の声を上げた。 この手を取ったら、私は、もう二度と教団へは戻れないだろう。 「 !! 」 コムイさんがもう一度私の名を叫んだが、すでに私の姿は鳥籠になかった。 ・・・呟いた『ごめんなさい』は、彼らに届いただろうか・・・。
Je te veux 「 オリオン座。イーズの大好きな星座だ 」 彼の指差した先には、空から降らんばかりの輝かしい星たち。 綺麗だね、と私は言った。 繋いだままの掌が熱い。その熱に溶けそう。うん、溶けてしまえばいいのに。 そしたら私たち、ずっと一緒にいられるね。アナタとワタシ、一つになって。 その瞳に映る世界を、護りたいと思うのか、壊したいと思うのか。 「 オリオンは、無敵の英雄だったけれど、一匹のサソリに刺されて死ぬんだ 」 仰ぐ。この角度から、彼の表情は伺えない。だけど。 「 私をサソリにしたのは、貴方よ 」 「 人聞き悪いなぁ 」 クツクツと、頭上から笑いを堪える声が聞こえた。 「 ・・・でも、後悔はしていない 」 そう言って、掌を少し強く握ると、彼の足が止まった。 私たちは向き合う。風が優しく頬を撫でた。 彼は私の髪を梳き、そっと顎を持ち上げた。 彼の額に刻まれた、ノアの刻印が視界を覆った。 唇が触れる。 優しいキスだと思った瞬間、激しいものに変わった。 小さな悲鳴が喉から上がった。 官能的な接吻。彼は一瞬で、私の全てを犯す。 その間も、繋いだ手は離れることがなかった。 だって・・・離れてしまったら、きっと『お終い』だから。 「 」 今日初めて、彼は、私の名前を呼んでくれた。 嬉しくて嬉しくて、このまま・・・。 「 愛してるよ 」 このまま『咎堕ち』になっても、構わない。 彼が、それを望んでいたとしても。 彼が、わざとそうさせようと仕組んだとしても。 彼が、本当は私を何とも想っていないんだとしても。 私が、彼に恋することは 林檎が地に落ちるのと同じくらい、とても簡単なコト。 だから、教団から裏切り者として扱われることも覚悟で、私は彼に恋をした。 彼にとって『ホンモノ』でなくても、私にとっては『ホンモノ』の愛で。 悔いのないよう。精一杯。心から。 「 ティキ 」 今日初めて、私も、彼の名前を呼んだ。 そしてきっと・・・これが『最期』になるだろう。 「 私も、愛してるわ」 きらりと光った瞳が細く笑った。 私も最高の微笑みで、愛しい彼を見つめる。 身体の中心で、イノセンスが疼く。 エネルギーが膨れ上がって、『私』という殻を破ろうとしているのがわかった。 ・・・そう、もう時間なのね。 彼にも衝動が伝わっているのだろう。 シルクハットをかぶり直して、私ににっこり微笑んだ。 掌が、離れた。まだ彼の温度が残っている。 私は残り香のようにうつった・・・そのぬくもりを抱き締めた。 次に、このぬくもりを感じるのは。 彼が、私の心臓を掴む瞬間だろう。 それも、また・・・待ち遠しい。 タイムリミット。 『私』に満ちた、神の力。 流れる意識の中で、彼の黒い燕尾服が霧のように散って、消えた。 これからは貴方の手駒の一つとして、私は堂々と力を貸せるのね。 ああ、愛してるわ愛してるわ。偽りでもいい、自己満足でもいい。 こんなにも胸を焦がすのは、貴方への愛。 幸せだった。死の瞬間でも、唯一人への思慕を貫ける人生で。 意識は、そこで途絶えた。
暗い夢企画『さよなら』様へ。 |