阿部の奴、お前のこと気に入ってるらしーぜ








 最初にそう言ったのは、誰だっけ( 田島くん、かなぁ? )
 『 阿部の奴 』とは7組の『 阿部隆也 』くんのこと・・・だろうか。
 うちの学年には、同じ苗字の人が何人かいるけれど。
 野球部の田島くんが言うんだから、きっと、あの、『 阿部 』くん・・・だと思う。


 ・・・一度だけ、帰り道に練習風景を覗いたことがある。


 世界を染める、オレンジ色のの空の下で、同じクラスの三橋くんを見つけた。
 三橋くんの背中越しに、彼の球を受けていた『 阿部 』くんと・・・視線が、合った。
 ほんの、一瞬。ほんの・・・・・・一瞬、だったけれど。
 私は・・・何故か、びくっと身体が震えて、慌ててその場を後にしたんだ。














 その日から『 阿部 』くんは、私の『 苦手なヒト 』になってしまったのだ














「 ぎゃっ! 」


 醜い悲鳴が響いて、手にしていたノートが舞い落ちた。
 バサササ・・・と濁流のごとく、廊下を滑っていく。
 結構遠くまでいっちゃったな・・・と呆けている場合じゃない!
 目の前の一冊、隣の一冊、と慌てて拾い始める。


「 ほら 」
「 あ、ありがとう! 」


 ス、と出された一冊に、私が顔を上げる。
 途端、自分の表情が固まったのがわかった。
 黒髪に、ちょっとだけタレ目の瞳、への字に結んだ、その口元。


「 ござ・・・・・・・・・いま、す 」




 『 阿部 』くん、だった。




「 全部、拾うのか? 」
「 あ!いい!!いいです!!阿部くんは拾わなくていいですっ!!! 」
「 ・・・はァ!? 」


 と・・・咄嗟に出た言葉とは、さすがに失礼な発言をしてしまった・・・。
 ( 私だって、そんな言われ方したら、嫌な気分になるもん )
 彼の顔が、苛立ちを隠せないほど形相を変化させたので、背筋に悪寒が走る。


「 俺は拾わなくていいっつーのは、どういうコトだよ!? 」
「 あ・・・あ、べく・・・ 」
「 こっちは親切でしてやってんのにさ!!・・・・・・って、あれ 」


 ぷるぷると震え出した私を、阿部くんが覗き込む。
 この、視線。力強い彼の瞳に、射抜かれそうで・・・とても、怖い、の!( ひーっ )


「 お前、何で俺の名前、知ってんの? 」


 その言葉を理解するまで、少しだけ時間が必要で。
 フリーズを解消した私は、同じクラスの田島くんから聞いた、と答えた。
 彼はふーん、と小さく呟いて、唇の端を持ち上げた。




 ・・・ドキ、ン、と胸が、高鳴った!




「 ・・・俺も、知ってる。さん、だろ 」
「 へ・・・あ、ええっ!? 」
「 、だろ?お前の名前 」


 薄っすら朱色に染まった頬は、あの日と同じ・・・窓から差し込む、夕陽の所為なのか。
 何で、私の名前、知ってるの?と、ホントは聞きたかったのに!
 ( だって9組に友達ひとりもいないのに・・・!! )
 確かめるすべも無く、ただ呆然とした私に、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
 それは・・・今の私には、意地悪そうとか、怖そう・・・とかじゃなくて。








 照れ屋な彼の、数少ない、表現方法の一つなような、気がして


 飛び火したように・・・私の顔まで火照ってくる








「 ほら、よ。じゃあな・・・・・・ 」








 拾い終わったノートを、私の手に戻して
 伸びた彼の影が、長く続いた廊下の向こうに消えていく
 足早に立ち去った阿部くんは・・・『 阿部 』くんじゃなくて


















 人一倍不器用な・・・・・・ただのオトコノコ、に、見えたんだ・・・・・・




















きっとになる





( 小さなつぼみが、今、私の心に・・・・・・ )






Title:"Rachael"