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 宮廷と執務室を繋ぐ渡り廊下で、を見つけた。
 
 
 
 
 
 彼女は、自分の執務室で雑用係として働く、唯一の女官だ。
 学力・素質を認められ、官吏になったというだけあって『 使える 』人材だった。
 何より『 陸家 』の力を得ようという権力や闘争の世界とは無縁な彼女の存在は、私にとって有難かった。
 
 
 だが・・・そんな彼女が遣いに出たきり帰ってこないと思ったら、こんな処で油を売っているとは。
 これは一度しっかり言い聞かせないといけないですね、と近づこうとしたが、何だか様子がおかしい。
 人の気配がない廊下で立ち尽くしている。背後の私にも気づかず、はきょろきょろと辺りを見渡していた。
 青い空。乾いた地面。もう一度、空。手元。左、右。手元。地面。空。手元。左、右。地面。手元・・・。
 
 
 「 ( ・・・手元? ) 」
 
 
 ああ、手元ばかり見ると思ったら。
 壊れ物のように、両手で大切に包んでいるもの。指の隙間から見えるそれは、布のようだった。
 の視線は落ち着かないように右往左往するが、最終的には手元に戻ってきている。
 それが原因か・・・と頷いて、私はに声をかけた。
 
 
 「  」
 「 はひッ!・・・え、あ・・・り、陸遜さ、ま・・・ 」
 「 どこまでお遣いに行ってきたんですか?随分時間がかかったようですけど 」
 「 す・・・すみません、すぐ戻って仕事します 」
 
 
 頬に手を置いて、随分赤くなっていることに自分でも気づいたんだろう。
 ぺち、と頬を軽く叩く手で前髪をかき回して、意味も無くまた撫でた。
 動揺した様子を必死に隠そうとする彼女の態度にイライラした私は、憮然と言い放つ。
 
 
 「 ・・・手 」
 「 え? 」
 「 その手に持っているもの、それが貴女を足を止める原因なんじゃないんですか? 」
 「 ・・・ッ、いえ、あの、これは 」
 「 何なら・・・当てて、みましょうか 」
 
 
 隠すように、胸元で組んだ手を引っ張る。
 咄嗟のことに脚を突っ張らせ、強張っていた彼女の身体が揺れた。
 つんのめるように、ととと・・・と数歩よろけて、そのまま自分の胸に閉じ込めた。
 耳元への囁きに、弾かれたように真っ赤な顔を上げる。
 
 
 「 す・・・凄いですね、陸遜様。あの・・・どうして、わかったんですか? 」
 「 色艶のいい高級な布地は貴重なものですから。送るとしたら、余程『 大切な相手 』へでしょう 」
 
 
 は驚いた顔を、くしゃりと歪めた。溢れる涙を必死に堪え、肩を震わせる。
 
 
 「 とても・・・優しくて、大切な方なんです。でも・・・ 」
 「 でも、恋愛対象ではない? 」
 「 ・・・はい 」
 
 
 ありがちな展開。に想いを寄せるあまり功を焦り、時期を見誤った・・・というわけですね。
 そっと胸を撫で下ろすけれど・・・その男の気持ちは、かなり理解できる。
 
 
 彼女はもう少し理解するべきだと思う。いかに自分が、他人から見て魅力的な人物であるか。
 宮廷の片隅にひっそりと根付いた百合の花は、見る者の心を癒してくれる。
 その証拠に、は宮廷の誰からも愛され、妬む者もなく、いつだって可愛がられている。
 皆の輪の中で微笑む彼女を遠くから見ていて・・・私には、少し眩しく見えてしまうのです。
 
 
 
 
 
 
 あの自由な魂が、欲しい。
 
 
 
 
 
 
 後ろ盾や、出自など関係ない。私は、を思うだけで幸せな気分にある。
 の傍にいたい・・・誰よりも近くに。彼女にも私を『 特別な存在 』に選んで欲しい。
 
 
 
 
 
 
 「 ( ・・・これは、恋と呼べるものなのでしょうか ) 」
 
 
 
 
 
 
 すごく不純な、非常識な感情のように思えた。
 憧れるが故、得れば自分もその高みに昇れるような気がするから、彼女を欲するのか。
 それに・・・陸家の再興を考えれば、呉にとって有力な権力者の娘をもらうべきだろう。
 道端の花などに目をくれてはいけない。恋をする、意味などないのだから・・・。
 
 
 
 
 
 
 でも・・・万が一、叶ったとしたら、私はどうするのだろう・・・。
 
 
 陸家より、彼女を選ぶことが出来るのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 「 あ・・・あの、陸遜様。ありがとうございます 」
 「 何のことですか 」
 「 戻ってこないから心配して、探して下さったのでしょう?よろけたのも、助けていただきましたし 」
 「 ・・・・・・・・ 」
 「 だから、その・・・そっ、そろそろ、離していただかないと、だ、誰かに見られたら・・・ 」
 「 ・・・構いません 」
 「 り、陸遜・・・様? 」
 「 私が抱き締めたいだけですから、気にしないでください 」
 「 ・・・き・・・気に、します・・・ 」
 
 
 彼女の背に回した腕を、強くする。
 どうしようというようには左右を見回した後・・・おずおずと、私の胸へと顔を埋めた。
 
 
 「 ・・・? 」
 
 
 胸打った鼓動が、聞こえてしまったのではないだろうか。そう心配するほど、跳ねた。
 静かな変化に戸惑うが、返事はない。代わりに、黒髪の隙間から見えたうなじが、ほんのり紅くなっていた。
 ・・・抱きしめてみれば、それは細い身体だった。服越しでもわかるその細さに、内心穏やかではなくなる。
 芯は強い少女なのに、触れればこんな脆い身体だったのか。全力で引き寄せれば、折れてしまうかもしれない。
 彼女の命運を自分が握っているような、優越感・・・今だけは、は『 私のだけのもの 』だ。
 
 
 
 
 
 
 ・・・わかっています。これが誰の気まぐれであっても、構いません。
 全てを忘れるくらい熱い・・・この『 瞬間 』だけで、私は満足です。
 自分の気持ちに迷いが生じる間は、何も伝えられないことくらいは理解している。
 その間にが誰と恋に落ちても、自分には何を言う権利もないのだ。
 
 
 身体を離せば、きっといつもの二人に戻れる・・・ただの上官と、雑用係に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 けれど・・・私は、今日のことを永遠に忘れないでしょう。なぜなら、
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 心がきみを離さない
      
      
 ( 誰と一緒にいても、貴女という甘い毒に心の奥まで・・・侵される )
 
 
 
 
 
 
Title:"TigerLily"Material:"七ツ森"
 
 
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