「 陽介 」
「 何だよ、相棒 」
「 さんって・・・・・・・・・いい、人だな 」


 不自然な無言の後の、変哲のない言葉に、はあ?と首を傾げる陽介。
 ・・・本当は、かわいい、と言いたかったが、少しだけ照れくさくて、口に出すのは憚られた。
 内心の葛藤を悟られることなく、彼は素直に答えてくれた。


「 そうだな。天城がぱっと咲く百合だとしたら、は蓮華ってカンジだよな。
  大人しいけど一緒に居るとこっちも自然体になれるし。お前、隣の席だったよな。優しいだろ、彼女 」
「 ああ。ノートもすごくマメにとっているし、色んなことに丁寧な人だと思う 」


 転校したばかりの俺に、陽介や里中たちはよく話しかけてくれる。
 隣の席の彼女は、そこまで積極的に話しかけて来たり、こうして一緒に帰ったりすることはない。
 けれど気取らず、傍にいてとても落ち着く。不思議だ、初めて逢ったのに・・・と思う。


「 ってさあ、無類のプリン好きみたいだぜ。ジュネスの余りモンだけど、ってあげたら喜んでさ。
  『 花村くん、ありがとう! 』って珍しく頬染めて興奮してる姿とか、結構グッとくるものが・・・ 」
「 ・・・今日の探索、陽介は留守番していてくれ 」
「 えっ!?どうしたんだよ、急に冷たいぞ!? 」


 俺も連れて行ってくれよ!相棒!!と叫ぶ陽介を、早足で置いていく。
 けれど、ひとつ良いことを知ったプリン・・・プリンか。
 手作りだと重いだろうか。だが作れば菜々子も喜ぶ。
 探索では本当に陽介に留守番を頼み、帰り道にジュネスの食品売場で卵を買って帰った。そして翌日。


「 ・・・こ・・・れ、鳴上くんが作ったの?? 」
「 ああ。いつも、さんには助けてもらっているから・・・プリン、好きかな? 」
「 好きっ!! 」


 確かに・・・陽介の言う通り、グッとくる・・・。


 いつもの彼女とは違う表情に、温かい気持ちが心を満たした。
 俺の頬まで熱くなってくるのは、蒸し暑くなってきた教室のせいじゃない。




 本格的な夏はすぐそこだ。原付の免許もとったし、どこかへ誘ってみようか・・・。






◇◇◇◇◇◇◇





 学級委員、と黒板に書かれた瞬間、はいはいはーい!と陽介が元気に手を挙げた。


「 鳴上くんとさんを推薦しまーすっ!鳴上くんは転校したてですが、しっかりした奴だし。
  行事の多い秋だから、さんのフォローがあれば、卒なくこなせると思いまーす! 」


 突然の指名に驚いたのは俺だけじゃない。隣の席、ではなくなった彼女も、教室の端で腰を浮かせていた。
 ぱちり、と一度視線がかち合う。途端に顔を真っ赤にしたさんは、そのまま俯いた。
 代わりに陽介を見れば、ぐっと親指を突き出してパチンとウィンク☆
 ・・・陽介、気の利いたことを。グッジョブ!( わざとらしさ満点だったが )
 提案は可決され『 学級委員:鳴上、 』と書かれた文字を眺めていると、鳴上くん、と声がした。


「 さん 」
「 そ、その・・・何でこうなったか、よ、よくわかんないけど・・・ 」


 耳まで赤くした彼女は、もごもごと言葉を濁していたが、やがてぱっと頭を下げた。


「 決まったからには、よろしくね 」


 そう言って照れくさそうに笑ったさんを、とても潔い人だと思った。
 ああ、よろしく、と右手を差し出すと、少しだけ頬の赤みを深くしつつも握手する。
 初めて触れた小さなてのひらは柔らかくて、すぐに離したくないと思ってしまった。
 ・・・そうして、ほんの4か月とはいえ、学校行事の集中した2学期をほぼ彼女と過ごすことになる。
 放課後暗くなるまで残って文化祭の準備をしたり、しょっちゅう柏木先生に駆り出されて教材を片づけたり。




「 席が離れたのに、何だか・・・少しも離れた気がしないね 」




 と言って苦笑したさんを見た時には、陽介のお節介に心底感謝した。


 ・・・その時気づいたんだ。俺は、さんの『 隣 』にずっと一緒にいたかったんだって。






◇◇◇◇◇◇◇





 ぴぴここころん、ぴぴここころん・・・ぴ。


『 もしもし、鳴上くん? 』
『 今、電話して大丈夫かな?LINEのメッセージでもよかったんだけど、直接伝えたくて 』
『 うん、平気だよ。どうしたの?? 』
『 明日、初詣に行かないか?・・・2人で 』


 受話器の向こうで、さんが息を呑む気配がした。2人で、とオウムのように繰り返している。
 正直、性急すぎるかと思ったが、陽介たちと行った深夜の初詣にはたくさんのカップルがいた。
 さんとは・・・今年の春、別れてしまう。
 今まで一緒に過ごした時間といえば、学校ばかりだったから。
 ひとつくらい" 学校外 "の思い出を作っても、バチは当たらないだろうと思ったのだ。


『 神社だけに 』
『 え? 』
『 ・・・いや、何でもない 』


 しまった、声に出ていた。もう、どうしたの鳴上くんってば、とクスクス笑う彼女の声が耳を擽る。
 ひとしきり笑うと、さんは吐息交じりに、いいよ、と言った。


『 待ち合わせ、何時にしようか 』
『 あ・・・なら、明日のお昼過ぎでどうかな。13時に鳥居の下で 』
『 わかった。新年の挨拶も、その時までとっておくね 』


 と、そこで初めて新年の挨拶もしていないことに気付いた。
 新年に『 伝え 』る内容といえば、まずはそれだろうに・・・そんなことも失念してしまっていたなんて。
 ありがとう、じゃあ明日、と電話を切った後も、心臓が煩いほどバクバクと鳴っていた。
 ・・・さっきの独り言といい、俺は知らず知らずのうちに緊張していたらしい。
 一度大きく息を吸って、静かに吐き出して。携帯電話を握ったまま、布団に転がった。


 明日、か・・・あと何回そう言えるだろう。あとどのくらい、さんとの思い出を作れるだろう。


 窓の外に降る雪は積もらないらしい。だけど・・・静かに募る想いは、切ないまでに胸を締め付けている。
 でも、好きにならなければと思わない。早く気づけたおかげで、彼女と過ごす時間を作れた。




 明日の初詣、楽しみだな。一番に年始の挨拶をしなければ。今年もよろしく・・・と。






◇◇◇◇◇◇◇





 世の中の健全な男子というものは、こうもバレンタイン・デーというものに左右される生き物なのか!
 陽介の話では、昨日天城の旅館に集まって、里中とりせと直斗と・・・さんが集まったとか。
 誰にあげるためのチョコ、だろうか。朝からそわそわしていて落ち着かなかった、が・・・。


 ・・・今、その結果が目の前に差し出されている。


「 え・・・えっと、そのふ、深い意味では・・・ほらっ、プププリン!前にプリン貰ったし!! 」


 さんは焦った様子で包みを差し出した。
 身体が前のめりになり、まるで頭を下げてお願いされているようなポーズ。
 ( 実際は、俺の方が・・・そのチョコレートをください、と頭を下げたいくらいなのだが )
 ふっと口元が緩んだ。が、手を伸ばすべきか内心躊躇っていた。


 彼女は深い意味はない、と言うが、受け取れば・・・俺は応えるべき、なのだろう。
 その意味が解らないほど、さすがに鈍感じゃない。


 嫌だというんじゃない。むしろ応えたい。俺は、さんが好きだ。
 残りの時間を彼女と” 恋人 ”として過ごせたら、どんなに幸せだろう・・・けれど、それでいいのだろうか。
 俺はいずれ八十稲羽を離れてしまう。その後は?遠距離恋愛?いつまで??






 いつか、さんに嫌われてしまうなら、気持ちを伝わずに過ごした方が・・・。






 そんな弱腰なことを考えていると、彼女が寂しそうな瞳で、ちらりと顔を上げた。


「 な、鳴上くんを・・・困らせる気は全然ないんだ。ほんと、貰ってくれるだけでいいの 」
「 ・・・さん 」
「 菜々子ちゃんと食べてくれれば嬉しいし。それだけでいい、から、さ・・・ 」


 消え入りそうな声。俺が包みを前に戸惑っていることを、察してくれたんだと思う。
 でも・・・彼女はきっと、自分に好意がないからもらってくれないのだと誤解している。
 違う、そうじゃないんだ。躊躇っていた手を伸ばして、俺は包みを受け取るとすぐに口を開く。
 けれど、さんは待ってくれなかった。
 軽く頭を下げて、パタパタパタ、と廊下を早足に去る音も・・・あっという間に小さくなって消えた。


「 ・・・・・・・・・ 」


 弁解する暇もなく取り残された俺は、さんの消えた方向ばかり眺めて佇んでいた。
 しばらくは授業もなく、あと一か月は僅かな登校日があるばかりだ。
 その間・・・どんな顔をして逢えばいいのだろう。呼び出して想いを伝えるか、それとも・・・。




 堂島家に帰って包みを開けてみると、中には手作りのチョコレートが入っていた。
 すごく嬉しかった。同時に・・・彼女に何も伝えられなかったことが、悔しくてたまらなかった。
 壁にかけてあるカレンダーには、引っ越し日に印がつけてあった。既に電車の時間も決まっている。


 ・・・俺に出来るのは、その電車の時間を書いたメモに賭けることだけだった。






◇◇◇◇◇◇◇





 あの日、俺の前から消えていった足音が、徐々に近づいているような気がして振り向く。
 予想は当たり、肩で大きく息をした・・・彼女が俺の目の前にいた。


「 さん 」


 ・・・まともに正面から見つめたのは、バレンタインデー以来だ。
 真っ赤な顔をして息を切らすさん。一生懸命追いかけてきてくれたことが嬉しくて・・・破顔した。
 込み上げてきた感情が俺の中を満たした時、今なら言える、と思った。


 俺のことをどう思っているかわからない。でも・・・今、伝えたい。






 電車が到着する時間は迫っていたが、その場を一歩も動けずにいた。
 心地良い春風の中、俺は彼女と向かい合う。眉間に少しだけ力を入れて、緊張したような様子だった。
 ・・・2人きりで話すのが初めてな訳じゃない。これまでだって彼女と一緒に過ごしてきたのに。
 だけど、今までで一番・・・さんに近づけているような気がした( 物理的な距離ではなくて )




 『 告白 』のために吸い込んだ空気は、爽やかな春の匂いを含んでいた。








ハロー、ハロー、


届きますか?


- 鳴上 悠 side -



( 今、この瞬間から始まる俺たちの恋愛は、きっと・・・未来進行形で! )




Title:"コペンハーゲンの庭で"