・・・そろり。
そんな音、現実にはありえないのだけど。今の私の行動を表すのにはぴったりだと思った。
鞄を胸元に抱き締めて、そっと扉の小窓から外を覗く。
夕陽射すオレンジ色の廊下には、時折まばらに人が通るくらい。
それもそのハズ。授業終了を告げる鐘が鳴ってから、一時間以上はとうに過ぎた。
教室の窓から見える見慣れない制服の、いつもの『 団体 』も時間の経過と共に少なくなっている。
・・・うん、いない、大丈夫だ。これだけ時間をわざとずらしたんだもの、もうさすがに帰ってるはず。
念の為、もう一度目を凝らして周囲を見渡して・・・ほっと一息。
よし!今のうちに・・・・・・!!
「 Hey,。待ちくたびれたぜ 」
陽気な声音。なのに・・・背筋が凍るのは何故だろう。
開け放った扉から素早く身を翻し、階段を降りようとしていた私の脚が止まり、踊り場で立ち尽くす。
覗いた小窓のすぐ脇に立っていたのだろう( 道理で・・・近すぎて、視界には入らないはずだ )
ゆっくりとした足音が私に近づき、長い影が2つ重なって真っ黒になった。
突然、横から伸びた指が私の顎を攫う。強引に持ち上げられた視界に・・・今一番見たくない、顔。
「 どうした?cuteな顔が、強張っているぜ 」
「 ・・・だ・・・伊達、くん・・・! 」
「 違う、『 政宗 』だ。そう呼べと言ったはずだぜ、 」
「 な・・・馴れ馴れしく、し!しないでッ!! 」
ようやく言えた!と・・・実は、内心感無量だったりする( これを言えるようになるまで、今日までかかった )
顎を捕まえていた手をはらって、私は精一杯の牽制で彼を睨みつける。
が、伊達くんは気にした様子など欠片も見せず、離れた私に一歩ずつ詰め寄った。
「 こ、ここ、来ないでってば! 」
「 恋人同士が馴れ馴れしくして、何が悪いってんだ,An? 」
「 だっ、誰が恋人同士なのよ!伊達くんのことなんて、私、好きじゃな・・・ 」
「 政宗だ 」
「 ま、まさむ・・・どっちでもいいじゃない! 」
「 いい訳ねぇだろ。俺がと呼ぶように、お前もFirstNameを呼べ・・・愛を込めて、な 」
「 ・・・い・・・いい加減にしてよッ!! 」
最後の勇気を爆発させて、私は鞄を振り回して伊達くんと距離をとる。
片目の伊達くんは、突然の攻撃にお?と目を瞠って、ちょっとだけ身体を離す。
勢い任せて振り回したせいで、転げそうになるのを必死に踏ん張って堪えた。
ふうふうと肩で息をする。自分でもびっくりするほど興奮してる、その勢いに声を張り上げた。
「 何なのよ!どうしていつもいつも、い、つ、も!わ、私の前に現れるのよ!? 」
親の転勤で転校してきて一ヶ月( もう何度目かは、忘れた )
経験上、慣れない土地で生き抜くためには周囲から『 弾かれない 』ことが大切なんだってわかってた。
だから出来るだけ目立たないように、ひっそりと卒業まで過ごしたいと思っていたのに。
そんな私のささやかな願いを、あざ笑うかのように・・・こんな男に、木っ端微塵にされるなんて!
「 お前が『 此処 』にいるからだ。だから俺も『 此処 』にいる 」
「 ちょ、意味わかんないから!ストーカー行為を正当化しないでよ!! 」
「 お前が転校してきた日、移動教室ですれ違った瞬間。俺は全てを悟ったんだ。
俺の全てを捧ぐべく女に出逢ったんだってな・・・、それがお前だ 」
「 一目惚れだって言いたいワケ!?そんなの、脳内妄想だっつー・・・ 」
「 」
再び振り回していた鞄を片手で受け止められ、ぱし、と小気味良い音が廊下に響いた。
悲鳴も上げられず、ひきつった頬に伸びる大きな掌。
感情が昂り、訳も無く零れた涙を一粒一粒、丁寧に拭っていく。
「 」
心地良い声で名前を呼ばれ、見上げた彼の瞳には酷い顔をした私が映っていた。
・・・男も女も、必ず惹かれるんだって、誰かが言ってた。
利発で、青い炎を宿したこの瞳に自分の姿を映せば、魂まで焼かれる感覚になるって。
伊達、政宗。
みんな、一度は伊達くんの虜になる。
他校の女の子まで、彼に一目逢いたくて日々校門まで押し寄せるほどだ。
だからそんな彼が転校生が告白したという噂は、一時間もせずに広まった。
これで仮に付き合ったなんて知れれば、校舎の中でも外でも、羨望と嫉妬の眼差しが容赦なく突き刺さるなんて。
・・・ああ、考えただけで気が変になりそう。
だから・・・嫌なんだってば。そんな人に惹かれて、私までおかしくなりたくないんだってば。
伊達くんが凡人だったら・・・私も、違った答えを返せただろうに・・・。
ねえ、お願い・・・そんな切ない声で、名前を呼ばないで。
これ以上私の心を、乱さないで( でないと、わた、し )
「 」
私を見つめる真摯な瞳を受け止められなくて、ぎゅっと目を瞑る。
頬に集まる熱を悟られたくないよう、身体を背けようとしたその瞬間。
「 ・・・・・・・・・ッ!? 」
強い力で、踊り場の端の壁に押し付けられる。
コンクリートの冷気が、背中を駆け抜けた。咄嗟に開いた瞳から、雫が宙に舞った。
両腕を押さえられ、はがいじめにされた私の間近に迫る顔。
目と鼻の距離、なんてモンじゃない。吐息がかかる度に、いつ唇が触れてもおかしくないのだと悟る。
「 I love you,baby・・・、お前が、お前だけが好きだ 」
「 わ・・・わた、私、は・・・伊達、くんのこと、なんて・・・ 」
「 政宗 」
「 ・・・ま・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
夕焼けはもう沈もうとしている。
廊下には、人一人通らない。助けも求められず、唾を飲む音が静かな空間に響いた。
伊達くんの・・・この端正な顔に見惚れたが最後なんだってわかってる、わかってる・・・の、に。
「 ・・・・・・政、宗 」
上出来だ、と笑った口元が、三日月のように弧を描く。
吐息を感じなくなった、と思ったら、私の吐息ごと龍に飲み込まれる。
願いも、涙も、全部全部・・・それこそ、魂の奥の、奥まで・・・。
呼ぶんじゃなかった!とか、触らないで!とか、言葉に出来ない色んな感情が混ざり合ったのに。
結局、最後に残ったのは・・・堪らなく私を愛してくれているんだっていう『 安堵 』だった。
「 ・・・好き・・・ 」
だから・・・キスの熱に浮かされたまま『 うっかり 』呟いてしまったのだ。
言ってから慌ててあわあわと暴れ出した私に、伊達く・・・政宗は、それは優しく微笑む。
「 I know・・・あの瞬間から、も俺に惹かれたことなんてことは、とうに、な 」
みんなのヒーローを独り占め!
( 安心しろ、俺はいつだってお前だけのHeroだ。何があっても護ってやるさ、you see? )
Title:"ロストガーデン"