ひたひたひた・・・ひたひたひた・・・。






 自室の前の廊下を、何度も行ったり来たり。その足音の『 正体 』はとうにわかっていた。
 どうして入ってこないのか、逆に不思議だった。俺の部屋の前まで来てるのには理由があるはずだ。
 ドアを開けて、入って来い、と手招きするのは簡単だ。けれど頑固な彼女のことだ。
 何でもないから、起こしてごめんね・・・と言って、自分の部屋へと帰っていくのだろう。
 此処まで来てしまった理由など、あの細い喉の奥へと飲み込んで。


「 ( が入ってくるのを待つしかないのか・・・ ) 」




 ・・・情けない。こんな時に頼れる存在でない、自分が。




 大きく溜め息を吐きたい気分だが、それがバレれば余計状況は悪化する。
 ここは我慢だ、と自分自身に言い聞かせている時だった。とうとう足音が止んで扉のノブが回る音がした。
 キ、と金属音がして、が寝室へと足を踏み入れる。
 扉へと背を向けて寝ていた俺を、穴が開くほど見つめているのだろう。刺さる視線が、痛い。


「 ・・・・・・・・・ 」


 は無言だった。躊躇っているのか、折角部屋に入ってきても近づいてこなかった。
 どのくらい時間が過ぎたのかわからない。深夜の寝室は呼吸音さえしない、静謐な空間だった。
 身じろぎひとつしないように身体を固まらせていると、小十郎さん、と彼女が呟いた。


「 こ、小十郎さん・・・ 」
「 ・・・・・・、か。どうした 」


 いかにも今起きたばかりだ、という( 自分に出来る精一杯の )演技。
 天井を仰ぎながら身体をひっくり返し、声のした方向へと向き直る。
 扉の前に、自分専用の枕を抱えたが立っていた。足の指先を内側に丸めるように向けて立っている。
 それは・・・が動揺したり、申し訳ないと思っている時の癖だった。


「 ごめんなさい、起こしちゃって 」
「 別に構わない。とりあえず、こっちへ来い 」
「 え、あ、あの、ね、でも・・・や、やっぱり、私・・・ 」
「 いいから、ほら・・・! 」


 名前を呼ぶと、びく、と肩を震わせる。元々大きな瞳は、見開くと彼女の小さな顔から零れ落ちそうだった。
 枕に顔を埋めて身体を翻す前に、俺は彼女の腕を掴んで引き寄せる。


「 やっぱり・・・身体、こんなに冷えてるじゃねぇか。ずっと廊下で躊躇っているからだろう 」
「 えっ!?き、気づいていた、の? 」


 素直に驚いている様子のに解らないよう、俺はこっそり苦笑する。
 そのまま抱きかかえると、彼女は小さな悲鳴を上げた。が、夜中だと気づいてか、慌てて自分の口を押さえた。
 意地悪、とが非難の声を上げる。恥ずかしそうに顔を染めた熱は、耳まで焦がしていた。
 何とでも言え、と答えて、ベッドへと横たわらせた身体に毛布をかけると、俺は自分の胸に閉じ込めた。
 二人の心臓の鼓動が重なって・・・冷たい身体が、俺の熱に溶けるように解れていく。


「 ・・・小十郎、さん・・・ 」


 しばらく硬直したままになっていたの身体から、ようやく力が抜けていった頃。
 俺はの拘束をそっと解いて、彼女を見下ろす。
 窓辺から差し込む月光が、ぼんやりと彼女の輪郭を映し出していた。


「 怖い夢・・・見ちゃったの・・・ 」


 呟いて、その夢を思い出したのか、の顔が曇る。


「 どんな夢だ? 」
「 え・・・ 」
「 嫌な夢は、誰かに話すと正夢にならない。そう聞いたことがあるぞ 」
「 ・・・ほんと? 」


 首を傾げたに、俺は大きく頷く( もちろん、その真偽はともかくとして )
 肯定され、彼女の瞳が暗闇でもわかるくらい輝いた。
 そのまま話してくれるのかと思ったが、何かを考えるように、浮かせていた頭を俺の腕枕にぽすんと沈める。


「 ・・・? 」


 どうした、と覗き込もうとする前に、はじっと俺の顔を見つめ返す。
 白い光に照らされたうなじに余計な感情が過ぎったが、そんなのおかまいなし、というように。
 純真無垢な視線を向けたまま、小十郎さんは笑うかもしれないけれど・・・とが言う。
 ふと・・・細い指が、俺の頬へと伸びた。






「 いなくなっちゃう、夢・・・触れれば、こんなに近くに居てくれる小十郎さん、が 」






 いつもなら照れて、絶対そんなこと言わないのに。
 それだけ・・・夢は、彼女にとっての『 恐怖 』そのものだったというか。






 笑うはず、ねえだろ。


 お前がそこまで想ってくれる『 気持ち 』を、俺が笑う訳がない。






「 心配するな、 」


 存在を確認するように、頬を撫でる手をもっとしっかりと自分の頬へと当てて、そっと彼女を覆う。
 剥き出しの額へとキスをすると、閉じたの瞳から涙が一粒零れた。
 見上げた彼女を安心させるように、俺は少しだけ唇を持ち上げた。


「 この腕に一度閉じ込めたからには、もう離さない。絶対に、お前を置いて一人では行かない。
  どこへ行くにも、俺にはお前が必要だから・・・例え、それが地獄の底であっても、だ 」
「 ・・・小十郎さん・・・ 」
「 お前こそ・・・ついてきて、くれるか? 」


 こんな俺に、と問うまでもなかった。
 の両腕が俺の背に回った。だから・・・自分の言葉通り、二度と離さない想いでその身体を抱き締める。
 どちらともなくそっと唇を寄せ、ちゅ、と小さなリップ音が部屋に響いた。
 頬を染めたが、ようやく微笑む。その瞳に映った俺も、嬉しそうに笑っていた。


「 私も、だよ。私自身が、小十郎さんについていきたいと思うの 」


 そう言って嬉しそうに、えへへ、と声を上げて笑った。
 満面の笑顔に胸が締め付けられ、愛しい彼女の髪をそっと撫で付けた。
 は気持ち良さそうに俺の手を受け入れる・・・そして。


「 ・・・? 」


 堪えるような欠伸をひとつ。すうと堕ちるように、呼吸は寝息に変わった。
 穏やかな顔で眠りについた彼女の世界に、もう夢魔はいないのだろう。
 腕の中のを起こさないように、自分も身体を横たわらせる。
 月の位置はまだ高い。朝を迎えるまでには、まだ充分な時間があると思っていいだろう。






「 おやすみ、 」












 今度こそ、安らかな・・・幸福な眠りを。












 一度、深く深呼吸。隣に眠る彼女の匂いと、温かなその身体を抱きながら


 俺も・・・彼女の夢に、混ざるとしよう








羊さんもねむたい時間





( かけがえのない、宝石を抱いて眠る )






Title:"LostGarden"