彼女の、の好きなところ。






 ” 髪 ”。陽の光を浴びると少し赤茶色に見える。サラサラで、流るる様にいつも見惚れている。
 ” 爪 ”。何も手入れしていない、というが、いつも珊瑚色をしている爪の丸さは、秘かなお気に入り。
 ” 手 ”。私に触れるそれは、気分を落ち着かせることもあれば、欲情を駆り立てられる時もある。
 ” 脚 ”。今、まさに私に絡みついているのに重さを感じさせない細さ。もう少し肉付きが良くてもいい。
 ” 肌 ”。どんなに撫でても飽きない。白くて、透けてしまいそう。時折、朱く染まるのを見るのが好き。
 ” 睫 ”。まだ伏せられているけれど、これが震えて影を生み、開く時の・・・とろんとした瞳にそそられる。
 ” 唇 ”。少し厚めなのを嫌がるけれど、私は好きだ。笑う時、キスする時、魅惑的だなと思っている。


 それから瞼に隠されている大きな黒い” 瞳 ”も好きだ。真っ直ぐ見つめられるとドキドキする。
 私の名前を呼ぶ時、誰よりも耳を、心を震わせる” 声 ”も・・・。






「 趙雲 」






 そう、まさにこの声・・・・・・。






「 趙雲、どうしたの?? 」
「 ・・・・・・え 」


 気が付くと、瞼はぱっちり開いていて。
 『 好きなところ 』にランク入りしていた瞳が、私をじっと見つめていた。
 漆黒の瞳には、言葉を失ったままを見つめて、瞬きを繰り返している・・・自分の姿。


「 おはよ、趙雲。どうしたの? 」
「 あ・・・ああ、おはよう。考え事をしていたんだ。気がついたら貴女が起きていて驚いた 」
「 私の方が驚いたわよ。目が覚めたら、じっと見つめられているんだもん 」


 クスクスと肩を揺らして微笑んだ彼女は、ゆっくりと手足を伸ばす。
 大きな欠伸をひとつしているへ、枕代わりにと右腕を差し出した。
 ありがとう、と呟いたは、後髪を持ち上げて払うと頭を乗せた。
 もそ、もそそそ・・・と何度か小さく動くと、ようやく定位置を見つけたようだった。
 落ち着いたのを見計らって額に唇を寄せると、私の胸に寄りかかって笑顔を浮かべた。


「 ・・・それで?何を考えていたの??良いこと、悪いこと?? 」
「 愛しい人を前に悪いことなんか考えないさ。もちろん、良いことだ 」
「 嘘、悪巧みしてる顔だった。本当は悪いことなのに、誤魔化したわね? 」
「 誤魔化してなんかいない、本当だ 」


 そう言うけれど、は納得していないのか、私を疑うように瞳を細めた。
 当然、本気で喧嘩を売っている訳ではない。
 安易な挑発は、彼女が構って欲しい、甘えたくて仕方ない時のサインだというのはよく知っている。
 ・・・仕方ない、乗ってやるかな。こういうところも愛しくて堪らない要素の一つなんだ。
 子供のように無邪気で、我儘で、時折気まぐれで・・・なのに内心いっぱいいっぱいなんだ。
 それが解っているからこその『 駆け引き 』のようなもの。


 が意地悪そうな笑みを浮かべるのとは対照的に、最高の微笑をもって迎撃することにした。
 ( そういえば・・・会社で誰かが『 王子様スマイル 』と呼んでいた、あれだ )


「 眠り姫を見つめながら、・・・貴女の” 好きなところ ”を考えていたんだ 」
「 ふうん、私の好きなところ、ねえ。ぜひ聞きたいわ、教えて 」


 ごろりと胸の上に身体を預けて、頬杖を吐いた
 余裕綽々な様子だが、これを崩す時の悦楽といったら・・・。
 想像するだけで吹き出しそうになるのを咳払いで誤魔化して、いいか?と私はに語りかけた。


「 まずは髪、かな。の頭を撫でている時、絹糸に触れている気がするよ 」


 私は手を伸ばして彼女に触れる。
 片手で収まる頭を撫でてやると、は嬉しそうに笑う。


「 この手も足も爪も。長くて細くて、私のものとは全然違う。が女性であることを実感する 」
「 趙雲の手が大きいのよ。私も、趙雲と手を繋ぐと、ああ大きいな、男の人だなって思うよ 」
「 そうか?なら、が褒めてくれたこの大きな手で、いつまでも護ることを誓うよ 」
「 ・・・うん、嬉しい・・・ 」


 撫でていた片手を頬へと滑らせる。猫がするように、が擦り寄ってきた。
 そんな彼女の唇に、つ、と親指の腹を当てる。すると次の『 好きなところ 』が思い当ったのか。
 頬を染めた彼女の、きょとんとした瞳が私を映していた。


「 もちろんの唇も。私たちが愛し合うには必要な部分だ。囁かれた愛の言葉は全部覚えている 」


 右腕で、胸の上にいた彼女の身体を引き上げる。
 きゃ!と小さな悲鳴を上げたが、落ちそうになったタオルケットを引き寄せて必死に身体を隠す。
 私は隠そうとした胸に間髪入れずに潜りこみ、そっと自分の唇を押し当てた。
 ・・・一瞬固まった身体も、ただ抱き寄せているだけだということが解ったのか、硬直が解けていく。
 しばらく間を置いて、おずおずとが尋ねてきた。


「 ・・・趙雲?? 」
「 愛している、。だから・・・続きも、聞いてくれるか? 」
「 つ、続き?う、うん、いいよ・・・あ、ねえ、外見ばかりじゃ、な、い・・・? 」


 刹那、私が寝ていた位置と入れ替わるようにして、の身体をベッドへと押し倒す。
 唖然として声も出ない彼女に覆い被さる。牙を立て、飢えた狼が襲い掛かるように、首元に吸い付く。
 息を呑んで、痛みをやり過ごした彼女の傷に、今度は優しく舌を這わせると大きく身体が震えた。


「 ちょ、っ・・・!趙雲っ!?なな、な、に、す・・・ 」
「 貴女の『 中身 』を愛していることなど言うに及ばず、だからな。
  私は、の全てを愛しているよ。貴女が考え、紡ぐ言葉も、その高貴な魂も、全てをね。
  それらを包むこの肌も好きだ。触れているだけで身体が熱くなる。だけど・・・それは貴女も同じだろう? 」
「 えっ!?あ・・・や、ッ! 」


 きゅ、っと唇が引き締められて、が身体を竦めた。
 肌に這わせた手に反応しだした。脚先から頭の天辺までふるるっ!と震えると、熱い吐息を漏らす。
 耐えるように薄く開いた瞳を潤ませて、時折、ぱくぱくと魚みたいに口を開かせた。


「 趙雲、っ!ま・・・まだっ、朝、だよぉ、ッ・・・そ、それに、今日は映画に行くって・・・ 」
「 愛情表現に、朝も昼も夜も関係ないだろう?映画は・・・悪い、また今度時間を作るから 」


 反論することもできず、浅い呼吸を繰り返すの顔をそっと両手で包む。
 真っ赤に潤んだ彼女の瞳に映る今の私は・・・まさに、獣同然に見えているのだろうか。
 ふふっと口元を緩めて、目尻に溜まった涙に唇を寄せた。


「 そんな目をして私を煽ってくれるな。誘われずとも十分興奮している。そこも好きだ。
  だが何といっても・・・甘い吐息に混ざる、の、声・・・ 」


 歩み寄ってくる快楽に、必死に抗おうとするの耳朶を食んだ。






「 好きだよ 」






 私の声音に、触れた『 箇所 』に、が天井を仰いだ。
 柔らかい羽根布団に、彼女の身体が埋まる。ワンテンポ遅れて、枕に髪が着地する。
 荒く短い呼吸を繰り返すは、両手を伸ばして自分を覆う影に観念したようにぎゅっと目を閉じた。
 くすりと笑って・・・彼女に見られていないのをいいことに、舌なめずり。
 重力に逆らわず、静かに落下していく私の髪が彼女の顔を撫でて、次に唇が重なる。
 差し込まれた舌に必死に答えながら、唇を、頬を、全身が朱く染まる様を見て肌が泡立っていく。


「 ちょ、うん・・・趙雲ッ、わ・・・たし、も・・・ 」


 我慢できずに発した甲高い声に、気持ちがまた昂る。
 本格的に彷徨い始めた手の動き。
 そのひとつひとつに、が・・・そして私自身も、快楽の水底へと沈んでいく。
















「 ( 蕩けていく・・・輪郭など、跡形もなく残らない、ほど ) 」
















 『 愛してる 』という、最強の呪文と共に。


 ひとつになっていく五感の全てが再び輪郭を取り戻すまで、未だ時間が必要だが・・・2人の休日はこれからだ。




ハニーセックス・メープルキス

( 砂糖菓子よりもっと甘い、甘い・・・2人で過ごす、刻 )


Title:"capriccio" , Material:"ミントBlue"