深夜、突如として振動が私を襲う。
それが・・・隣で寝ている夫が、飛び起きたからなんだと気づいたのは、いつの頃だろう。
最初は、ビックリして目を開けると、政宗様も身体を起こしていて。
「 ・・・わりィ、起こしちまったか 」
と呟いた。私が首を振ると、そうかと頷いて、そのままもう一度横になった。
・・・まるで、何事もなかったかのように。
だから私も、それは夢現の出来事だったんだと自己判断して、再び眠りにつく。
けれど・・・2度、3度と繰り返し起これば、いくら鈍い私でも、気がつく。
尋ねようと思った。でも、彼は起きた後に・・・身体を丸めているのが、気配でわかった。
もしかして、泣いて・・・いるのだろうか。そう思うと聞けなかった。
政宗様は・・・何の『 夢 』を見て、怯えているの?
「 ・・・ん・・・ 」
霞がかった意識が覚醒するのに、時間が要った。
視界に入った周囲の景色は、群青色の世界の中。夜明けには、まだ遠い時間らしい。
それなのに、どうして目が覚めたのだろう・・・。
ふと聞こえた荒い息遣いに・・・隣に寝ている彼を覗き込んだ。
「 ・・・・・・っ、 」
「 政宗、様? 」
「 ・・・く、っ・・・う・・・ 」
「 政宗様、政宗様!?どうされたのですか? 」
眉間に、苦渋の皺を寄せて。額には脂汗が浮かんでいるのが、暗闇の中でもわかった。
苦しむように唸る彼の身体を、揺さぶる。
それでもなかなか起きないのは・・・捕らわれている、深い『 夢 』のせい。
「 ・・・はっ 」
「 ・・・・・・? 」
「 は・・・は、う・・・え・・・ 」
唇から吐息と一緒に零れた、言葉。
その寝言を聞いてはいけなかった。政宗の『 悪夢 』の正体に気づいてはならなかった。
いつぞやのように、なかったことにしようと思ったけれど。
私の声を聞きつけて、誰かが部屋に近づいてきた。
夫婦の睦事ではないと、ただならぬ気配を察知したのだろう。
そして・・・政宗様も、ようやく夢の世界から現実に引き戻されたようだ。
呻き声を消して、呆然としたように私に視線だけ向ける。
こくん、とひとつ頷いて見せて、やってきた家人の気配に集中した。
「 いかがされましたか、奥方様 」
「 騒がせてごめんなさい。怖い夢を見てしまっただけなの。もう大丈夫よ 」
「 ・・・失礼致しました。おやすみなさいませ 」
蝋燭の明かりと共に、障子に映った影が消えた。
気配が完全に消えたのを確認して・・・肩の力が抜けた。思わずほう、と吐息が漏れる。
「 ・・・・・・?お、れは・・・ 」
「 政宗様・・・起こしてしまってすみません、怖い『 夢 』を見てしまって 」
隠した方がいいような、気がした。その事実は、酷く彼の自尊心を傷つけてしまうだろう。
・・・そう、悪い夢を見たのは『 私 』の方。
だけど・・・彼は、何もかもに『 気づいて 』いた。
「 ・・・いや。今まで、気ィ使わせて悪かったな 」
「 ま、 」
政宗様、と彼の名を呼ぶ前に、抱き締められる。
お互い夜着姿なので、引き締まった筋肉と触れる熱がいつもより近くて・・・どきどきする。
でも、彼の厚い胸元に置いた右手から伝わる鼓動は、もっと激しかった。
( もしかして・・・政宗様も、今、どきどきしている? )
「 本当は、俺がうなされて起きるたびに、お前も起きていることには気づいていた 」
「 ・・・いえ、そのようなこと、は 」
「 もう気を遣うなと言ったろ。忘れたと思っているのに・・・過去が、俺ン中を蝕んでいる 」
独り言のように呟いて、ぎゅっと腕の力を強めた。
政宗様の表情は伺えない。けれど・・・僅かに、その背中が震えていた。
背中に手を回して、私も政宗様を抱き締める。
「 もう、お独りで耐えないで下さい 」
「 ・・・? 」
「 私は・・・政宗様の妻です。貴方の過去も、未来も、分かち合いたいと思っています 」
この人は、戦っているのだ・・・自分自身、と。
私に出来ることは、片手で足りるくらいの、ほんの少ししかない・・・けれど。
目の前にいる人は・・・私の『 夫 』だ。奥州筆頭、伊達政宗様。
政略結婚で結ばれた私たちだけれど、でも私、今この瞬間、ちゃんと貴方に恋してる。
「 ・・・、俺たち、結婚してどのくらいになる? 」
「 え・・・えっと、5ヶ月くらい、でしょうか・・・ 」
「 お前は、どうして俺が初夜にお前を抱かなかったか、わかってるか? 」
「 ・・・私に魅力がない上に、政宗様はこの結婚にとても反対だと伺っていました、から 」
・・・自分で言ってて、涙が出そうだった・・・。
家人たちは知らないだろうけれど、私たちの間には、まだ情事がない。
まるで供物のように、地方から捧げられた私を、彼はとても嫌がっていた。
それを老中たちが押し切って、今回の結婚に結びついた。
どこまでが本当かわからないけれど・・・噂で、そう聞いたことがある。
けれど・・・何故か、同じ寝室で、毎晩のように政宗様は私を隣に置いてくださる。
手を出されないのは『 女 』として、私自身に魅力がないから・・・なのは、わかっていた。
隣で寝ているだけで、私は満足だった・・・。
「 その噂は、半分が本当で、半分が嘘だ 」
「 嘘? 」
「 力のない家が娘を差し出すことはある。けれど、お前はモノじゃねえ、you see? 」
俯いた私の顎を、少し節くれだった、長い指が持ち上げる。
闇夜なのに、政宗様の片目が光っていた。
あまりに美しくて・・・思わず生唾を飲み込むと、喉がこくりと鳴った。
「 を抱かなかったのは、まだお前が俺を受け入れる覚悟がねえと思ったからだ 」
「 そんな・・・いえ、私は! 」
「 なら何故、さっきも俺に真実を隠そうとした?うなされる要因に、気づいていながら 」
政宗様を想って・・・でも、それは彼の為にならなかった、というの?
とうとう泣き出した私の涙を、もう片方の手で拭って。彼は、苦笑するように微笑む。
「 Dont'cry.泣くな、追い詰めてるわけじゃない。むしろ話し合う機会になっただろう? 」
「 わ・・・わた、し・・・政、宗、さまのっ、こと・・・! 」
「 おっと、それを言うのは俺が先だ 」
「 ま、政・・・宗、様・・・ 」
「 お前が好きだ。俺は、お前を自分で『 望んで 』嫁に迎えたんだ 」
彼の唇が、そっと私の頬に触れる。優しい接吻、甘い気分・・・こんなの、初めて。
天にも昇る幸せ、って、きっとこんな心地のこと。
・・・けれど、伝える想いはたったひとつ。
「 私も・・・政宗様が、好き、です 」
そう言うと「 I know 」と呟いた政宗様が、少しだけ頬を染めてニヤリと笑った。
私も微笑むと・・・政宗様の顔が、近づく。深い、深い、身体の奥までとろけそうな口付け。
角度を変える時に、必死になって酸素を求めるけれど、終いには息も絶え絶えとなる。
もう何も考えられなくて・・・離れた政宗様が、私の顔を見て、ぷっと吹き出した。
「 Kissの仕方もしらねえは、まだまだコドモだな 」
「 す・・・すみ、ません・・・ 」
「 いや、それを教えるのは、夫たる俺の役目だろうよ・・・ 」
「 は、はい! 」
「 ・・・抱くぞ 」
驚く間も頷く間もなく、青い竜が私の首筋に噛み付いた。
ぴりっと小さな痛みが走る。彼の手が、私の素肌に伸びた。
水底に沈むように、白い皺のない布団に身体を押し倒される。
自分でもびっくりするくらいの、甘い嬌声が部屋に響く。
・・・怖くなんて、ない。むしろ、私の『 望み 』が叶うのだ。
『 女 』としての『 私 』を・・・政宗様は、欲してくれている。
幾つもの涙が零れ落ちたけれど、政宗様はもう『 泣くな 』とは言わなかった
それが・・・悦びの『 涙 』だと、彼にもわかっているのだろう
夜明けまでの、ほんの数時間で・・・私たちは、5ヶ月分の『 夜 』を取り戻した
あなたが名付けた
愛なら本物
( 薔薇色の鎖に捕らわれて、私はもうこの呪縛から逃れられない )
Title:"ノアロー"
Material:"七ツ森"
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