ラビに、初めて抱かれた日を覚えている。




 夜、部屋に遊びに行っていい?と聞かれた時に、なんとなく予感がした。
 私たちはそうなっても可笑しくないくらい仲が良かったし、セックスへの単純な興味もあった。
 ・・・月のない、静かな夜だった。
 ラビは、一度も私を『 好き 』だと言ってくれなかった。
 それに気づいて、すごく・・・悲しかった。彼の肌が離れてから、とめどなく涙が流れた。
 初めはそれでもよかったの。私は、ラビが好きだった。彼との行為を『 幸せ 』だと思った。
 それが『 虚しさ 』に変わったのは・・・いつからだろう。


 ラビを、初めて拒絶した。
















 を、初めて抱いた日を覚えている。




 何でもよかったんさ。彼女の部屋に行く口実を作って、深夜に訪ねた。
 抱いてもいい?と恐る恐る聞くと、の瞳が少しずつ潤んで・・・ゆっくり頷いてくれた。
 ・・・月のない、静かな夜だった。
 『 好き 』とか『 愛してる 』とか、そんな言葉で俺の想いは伝わらない、と思ったんさ。
 言い表せないくらいの恋心・・・だけど、それが迷宮への一歩だったのだろう。
 俺は愛しているから、身体を重ねているつもりなのに、彼女の気持ちが少しずつ遠のいていく。
 好きな奴ができたと聞いて、焦って、無理矢理を抱いて・・・とうとう糸が切れてしまった。


 に、初めて拒絶された。








































「 ・・・帰ってきて早々、いきなりこんな話で、ごめん・・・ 」
「 いいですよ。貴女がそれで、少しでも気持ちが楽になるのなら 」


 目の前のアレンは、そう言って優しく微笑んだ。
 私は、湯気の立つお茶を、一口含んで、ゆっくり飲み干す。
 任務のお土産だというお茶は、すごくいい匂いで、アレンの微笑みと同じだと思った。
 枯れた心に染み込んで・・・癒されていく。
 自然と、ほ・・・と吐息が零れた。


「 それで、はこれからどうしたいんですか? 」
「 ・・・これ、から? 」
「 ラビと仲直りしたいのか、そうではないのか 」
「 ・・・・・・わからない 」


 わからない、のか、考えたくない、のか。
 アレンはちょっと眉をしかめて、空になったカップにお茶を注いでくれた。
 茶褐色の水面に、俯いた私の表情が映っている。


「 ラビのことは・・・好き。それは変わらない、の 」
「 ・・・はい 」
「 でも、先に手を放したのは私・・・だから、しばらく離れてみようと思うの 」


 かたん、とコップを置いて、アレンと私の視線が交差した。
 顔を上げた私を見て、彼はちょっと驚いたようだ・・・そう、決意は固い。


「 ・・・コムイさんから、長期任務の指令が出たの。今夜、出発するわ 」


 しばらく逢えないだろうから、その前にアレンと話せてよかった。
 微笑むと、アレンは少し寂しそうな、複雑な表情で「 そうですか 」とだけ言った。
 ( 何も言わない、その心遣いが今の私にはとても嬉しかった )










 任務を受けてしまったからには、後には引けない
 しばらく・・・ううん、もしかしたら一生逢えないかもしれない






 アレンにも、教団のみんなにも・・・・・・・・・ラビ、にも・・・・・・










































 少し仮眠を取ってから、荷物を詰めた鞄を持って、部屋を後にする。
 しばしのお別れか、と思うと、感傷的になって何だか離れがたかった。
 嫌な思い出もあるけれど・・・『 幸せ 』だったあの頃もある。
 ( ・・・全部、全部、持って行こう・・・ )


「 おーい!ちゃーん、こっちこっち 」


 地下の船着場で、コムイさんが手を振っている。
 同行してくれる探索部隊に挨拶をして、船に荷物を積んだ・・・うん、忘れ物はないはず。
 リーバーさんが声をかけてきて、道中に読むようにと追加資料を渡された。


「 とりあえず、現地に着いたら室長にコマめに連絡を入れろ。指示を出すからな 」
「 はい、わかりました 」
「 長くなると思うから、大変だろうけど・・・なら出来るって、俺も室長も信じてっかんな 」


 そう言って、リーバーさんは私の頭を撫でた。
 ・・・この人たちの信頼を、裏切りたくない。私に出来る、精一杯の努力をしよう。
 追加資料を握り締めて、水面に揺れる船に乗り込もうとした瞬間・・・だった。


「 待つんさっ、!! 」
「 ・・・・・・ラ、 」
「 コムイ、ごめん!ちょっとだけ時間くれ!! 」
「 もー、10分だけだよー 」
「 なっ!お、おい、ラビ・・・! 」
「 まぁまぁ、いいじゃない、リーバー班長 」


 口を挟む間もなく、突然現れたラビに手を取られて、二人で走った。
 それは物凄い勢いで。止まって!と叫びたくても、息が上がって言えないくらい。
 どこをどう走ったのか覚えていないけど・・・手が離れて、息を整えて。


 ふと顔を上げれば・・・・・・ラビを『 拒絶 』した、あの人気の無い廊下だった。


「 いきなりで悪ィけど・・・10分しかないから、本題しか話さない。
  俺さ、ずっとに言おうと思って、言えなかった言葉があるんさ 」


 私はまた、何かされるのかと一歩引いていたが、手を掴まれる気配すらなかった。
 逆光で隠れていた彼の顔が、次第にはっきりと見えてくる。
 いつもは見せない・・・真剣な、ラビの、表情・・・。


「 ・・・ラビ・・・? 」
「 束縛しちゃいけないって、思ってた。を初めて抱いた夜から、ずっと。
  もう間に合わないかもしれないけど・・・それでも、伝えたいんさ。
  今、本気で、の心が欲しいと思うから 」


















「 好きだ。もうずっとずっと、前から 」


















 熱いものが込み上げて、頬を伝う






 ああ、その言葉だけを待っていたの
 ずっとずっと、私も欲しくてたまらなかったの( 貴方の心が )
 どんなに肌を重ねても埋まらなかったものが、たった一言で満たされていくのがわかる


















「 ・・・泣かないで 」
「 うっ、だ、だって・・・だって・・・ラビ・・・ひく、っ!わ!私も、ラビがす、 」
「 ストップ 」


 ラビは泣きじゃくった私の額に、そっと唇を寄せた。
 たぶん・・・酷く、ぐしゃぐしゃな顔をした私を見つめて、得意のウィンク。


「 その続きは、帰ってから聞かせて。俺、うーんと首を長くして、楽しみに待ってるさ 」
「 ・・・・・・うん 」


 どちらともなく・・・合わせた唇は、かつてないほど甘いキスになった。
 初めてキスした時の、よう。
 過ぎた時間は戻らなくても、もう一度育める未来が、確かに存在する気がした。


























 ( それはきっと・・・やっと手に入れた『 愛 』ってやつなんです )


























 コムイさんとリーバーさんの隣で、満面の笑顔で手を振るラビ


 流れ行く船の上で、私も両手を振って、彼の見送りに答える

















 いつでも、どんなに辛い時でも、彼の笑顔を思い出せるように・・・目に、焼き付けながら

















ほんとうの願い





口にしてもいいですか



( 必ず還ってくるよ。どんなに時間が経っても、もう私は『 未来 』を怖がらない )






Title:"群青三メートル手前"
Material:"月影ロジック"





三部作。最後までお付き合いいただき、どうもありがとうございました。