” やっほー、先輩☆仲沢っす。
    突然だけど、今、時間空いてますか?俺、外で待ってます ”







 着信一件と、新着メールが一通。
 両方とも、キャッチしたのは20分前だ。
 今は冬。外で待つ20分は、極寒に等しいはず( 埼玉ってワリと寒いしね! )
 私はパジャマ姿のまま、慌てて玄関の扉を開けた。


「 利央!? 」
「 あ、せんぱーいっ 」


 向かいの街灯の下に、長い影が伸びていた。
 にっこりとした笑顔のまま、驚き顔の私に駆け寄る。


「 先輩のパジャマ姿、かっわいーっ!! 」
「 それはいいから、利央、急にどうしたの? 」
「 髪、濡れてる。この寒さの中で、パキパキに凍っちゃいますよ 」
「 ねえ、こんな時間に・・・ 」
「 あ!もしかして、お風呂入ってたんスか!?俺も一緒に入りたか・・・ 」
「 利、央っ!! 」


 ぷちりと堪忍袋の緒が切れて。
 とうとう叫んだ私の声に、彼は肩を震わせた。
 同時に、遠くの方で犬の遠吠えが聞こえて( 私が大声で叫んだからだ・・・! )
 私たちは、どちらともなく吹き出した。


「 ・・・深夜なのに、すんません 」


 利央が、身に着けていた大きめのショールを外して。
 凍える私の肩に掛けてくれた( そこには、彼の温もりが残っていて )


「 今から、天体観測に行きません?俺、いい場所知ってるです 」
「 天体観測?? 」
「 天体観測、ってほどでもないのかもしれないンすけど・・・あ、ダイジョーブ!
  ちゃんと帰りも送るし、お、襲うつもりもな・・・っ!! 」
「 当たり前でしょ!?( 襲うな!! ) 」
「 ・・・お、押忍( 怒、らなくても! ) 」


 照れるくらいなら、言わなきゃいいのに・・・!
 怒りの熱が納まると、身体が震えて、クシャミが出た。
 彼はハッとして、「 とにかく! 」と言った。




「 髪乾かして、厚着して、行きましょーよ 」




 白い歯を見せた利央につられて、私の頬も緩む。


 ずず、と鼻を啜って・・・深く頷いた。


















 セーターにGパン穿いて、厚手のジャケットに、マフラーを巻いて。
 家族の寝静まった自宅の扉を、ゆっくり、静かに閉めた。


 さっきと同じ、街灯下にいる利央が、自転車の後部を叩いた。
 ( ここに乗って、って意味だよね )
 乗る前に、私はお礼を言って、彼の首にショールを返す。
 「 先輩の匂いだ〜 」と頬擦りする利央に、鉄拳を喰らわせて( バカ! )
 私は、利央の自転車の後ろに跨った。


「 しゅ、っぱーつ!! 」


 深夜なので( 利央にしては )小さめのボリュームで、かけ声を上げた。
 冷たい風を切って、自転車が街を駆け抜けていく。
 走るうちに、彼のジャケットの端を掴んでいた私の手を、利央の手が掴んで。


「 俺も不安定になるから、しっかり掴まってて下さいねー 」


 と、強制的に彼の腰に手を回された。
 無駄な肉がひとつもついていないのは、分厚いジャケットの上からでもわかる。
 それが( 利央のくせに )妙にオトコっぽくて、少しずつ頬の熱が上がってきた。
 けれど・・・加速するスピードに、だんだんそれどころじゃなくなってきて。
 私は遠慮なく、利央の腰にしがみついた・・・!!( こ、怖っ )


「 ・・・せーんぱい、先輩 」
「 へ・・・っ!? 」
「 とうちゃーく、ス 」


 どのくらい走ったのか、わからなかったけれど。
 利央の声に顔を上げると、うちの近くの河川敷だと気付いた。


「 兄ちゃんとよく遊びに来たンっすよ、ここ 」


 まさか先輩んちの近くだとは思わなかったけれど、と付け足して。
 自転車を止め、利央は土手へと降りていった。
 差し伸べられた手をとって、私も急斜面を早足で降りていく。


「 せーんぱいっ、コッチコッチ! 」


 そのまま利央につれられて、原っぱに腰を下ろした。
 隣に腰を下ろしても、利央は繋いだままの掌を解こうとはしなかった。


「 見て 」
「 ・・・・・・う、わぁ、っ!! 」


 長い指が、空を指す。
 ・・・自宅からちょっと離れただけで、こんな星空が見れるなんて。
 首を伸ばして、大きな口を開けたまま見入っている私の隣で、彼の微笑む気配がした。
 ( それがわかって、慌てて口を閉じた )( ・・・さすがにちょっと、恥ずかしい )


「 綺麗っしょ? 」
「 うん、凄いね!凄いね、利央!! 」
「 ・・・えっへへ 」


 笑った利央の唇から、真っ白な吐息が流れていった( きっと私の唇からも )
 月の光に、利央の色素の薄い髪が、星を映したように煌いた。
 一瞬の輝きに目を奪われた私の掌に・・・力が、篭った。






「 ( ・・・・・・あ ) 」






 目の前を、霧のように彼の吐息が覆って。
 触れた・・・・・柔らかい、温もり・・・・・・。
 移った熱に酔ってしまったように、私は瞳を閉じた。
 利央の唇が一度離れて、目を瞑った私を見て、もう一度啄ばんだ。


「 ・・・、先輩。もう目ぇ、開けていいスよ 」


 耳元で、クスクスと笑う声がして。
 私は慌てて瞳を開く( だって、どうしたらいいかわかんなかったんだもん! )
 途端、利央の顔が目の前にあることに気付いて。


「 ・・・ぎゃーっ!! 」
「 え、うおっ!? 」


 どーんっ!とその身体を突き放す。
 思いのほか力が入ってしまったらしく、利央の身体が斜面からずず、と落ちていく。


「 うぅ・・・先輩・・・ひ、酷い 」
「 きゃーっ、利央!!ご、ごめーんっ!!悪気は無かったんだよーっ 」
「 じゃ、じゃあ、どんな気持ちで俺のコト、突き放したンすかっ!? 」
「 う・・・・・・そ、それは! 」




 突然の、キス。




 私と利央は、同じ部活の先輩と後輩で。付き合ってもいなくって。
 なのに・・・そのキスが、嫌じゃなかった、なんて・・・!
 ( 私って、そんな軽いオンナだったってワケ!? )


 ずり落ちた彼の身体を引き上げながら、私はその場に立ち竦む。
 にやりと、意地悪く笑った利央が、私の両腕を引き寄せた。
 長身の彼の身体に包まれて。息が詰まるほど抱き締められた。


「 せーんぱーいっ!! 」
「 な、なななな、な、に、よっ!? 」
「 また、さ・・・・・・ 」






 夜のデート、誘っていいスか?






 利央の言葉は、魅惑的で。
 私はうん、と頷くほかなかった。すると私に回された腕が、また締まった( うぐ! )
 窒息しそう・・・と思った時に、ようやく開放されて。
 彼は謝ってから、帰りましょーか、と照れたように笑った。


 来た時と同じように、私は彼の手をとる。
 何だか・・・さっきよりも、胸の奥がくすぐったいカンジ。
 こんなにドキドキする帰り道になるなんて、思いもしなかった。
 利央も同じ気持ちなんだろうか。あっさり離して、私が自転車に跨るのを待っていた。


「 しゅ、っぱーつ!! 」


 明るい声が夜空に響いて、自転車が走り出した。
 私は、最初から利央の腰にしがみついていて。利央も何も言わなかった。
 ・・・チリリ、ン。
 浮かれたハートのように、ベルを鳴らして、闇夜を駆けた。








 自宅に着くまでの、10分間
 帰り道がてらに・・・聞いて、みよっかな
 ( このままあやふやになったら、きっと明日会うまで眠れないから )














 ねえ、利央・・・・・・私のこと、好き?














星降る夜に会いに行くよ





( 答えがもらえたら、私も伝えたい言葉があるの )




Title:"いちいちく。"
Material:"深夜恒星講義"